安い、弱い、愛の欠如

更新:2月8日 11:27インターネット:最新ニュース

電子書籍の流通支配に出版社はいかに立ち向かうべきか

米国では「電子出版バブル」という新しいネットバブルが起きている感がある
アマゾン・ドット・コムの「Kindle(キンドル)」という牙城にアップルが「iPad」で挑もうとしており、メディアも両社の覇権争いに興味津々である
しかし、端末の競争やユーザーの使い勝手ばかりに目を奪われてはいけない
コンテンツである書籍を提供する出版社の視点から見ると、まったく違った風景が見えてくる。(岸博幸)

■電子出版のメリット

米国では、ユーザーから見たキンドルのメリットとして3つが指摘されている
無線通信によるダウンロードの簡便性、
端末の使い勝手(読みやすさなど)、そして
書籍の価格の安さである

それでは、コンテンツを提供する出版社にとってのキンドルのメリットは何か
それは、ユーザーがコンテンツの対価を払うということに尽きる
これはある意味ですごいことである

ネット上には違法コンテンツや無料コンテンツが氾濫し、パソコン経由でネットを利用する多くのユーザーにとっていまやコンテンツは「タダで当たり前」となっている
これに対し、アップルの「iPhone」などの携帯端末上では、対価を払う習慣がだいぶユーザーに根付いたが、キンドルは電子出版という世界で同様のことを実現したのである

アップルのiPadでは、書籍だけでなく様々なコンテンツを利用できるが、そこでもユーザーは対価を払うようになるのであろう
キンドルやiPadが本格的に普及すれば、ネット上が無法地帯から市場に進化するのである

■電子出版のデメリット

1つは、書籍の価格の低下である
例えば、米国での書籍の平均価格はハードカバーで25ドル、ペーパーバックで13ドルだが、アマゾンはベストセラーの電子書籍の標準価格として9.99ドルを目指している

理屈の上では、印刷や配送といったコストがかからない分、電子書籍の価格は紙の書籍に比べて安価になるはずである
しかし、出版産業全体の収益悪化が止まらないなか、各出版社としては電子書籍にも多くの収益を見込み、少しでも高い価格に設定したいと考えるのが当然であろう

そこで第2のデメリットが生じる
電子書籍の流通を担うアマゾンが、価格設定権をはじめとして圧倒的に強い立場にあり、コンテンツを提供する出版社の側は弱い立場に置かれるのである
米国ではそれを象徴する出来事が最近実際に起きた。

アマゾンが設定している9.99ドルという電子書籍の標準価格に対して、大手出版社の英マクミランが反乱を起こしたのである
自社の新作書籍のキンドルでの販売価格について、標準価格を拒否して12.99~14.99ドルの範囲で自ら価格を決定できるように要求した

この両社の交渉が決裂すると、アマゾンは何とネット通販とキンドルの双方でマクミランの書籍の販売を停止した
この対応には批判が集まり、2日後にはようやくマクミランの主張を受け入れて販売を再開した
しかし、マクミランのような大手出版社でさえこのような苦労を強いられるのだから、中小出版社はアマゾンの条件に従うしかないであろう

これがコンテンツビジネスの現実である
リアルの世界であろうとネット上であろうと、流通を支配した者が圧倒的に強い立場を占めるのである
ちなみに、流通を支配する側が購入者情報を独占している点でも、出版社の側は不利である

■コンテンツへの愛や理解がない

そして第3のデメリットは、ネット上でのコンテンツ流通を担う側にコンテンツに対する愛や理解が欠如していることである
一例を挙げよう
マクミランの書籍の販売を再開した際、アマゾンは以下のような発言をしている

「マクミランの主張する価格は電子書籍としては不必要に高いと確信しているが、同社は出版している書籍について独占的な立場にあるので、主張を受け入れることにした」
「私たちは、他の出版社はマクミランのような行動を取らないと信じている。また、他の独立系出版社や出版社に属しない作家がこれをよい機会と捉え、魅力的な値段の電子書籍を代替的な選択肢として提供すると信じている」

これらの発言からアマゾンは、自らが価格を決める権利があり、かつユーザーは価格が安い方を好むと判断していると推測される
しかし、活字文化という大事な文化を支える書籍についてもユーザーは価格が安いものを選ぶと決めつけるのは、いかがなものだろうか
例えばTシャツやテレビなどのモノならばそうだろうが、文化については若干違うのではないだろうか

アマゾンだけを非難する気はない
アップルも音楽について同じようなことをしてきたし、グーグルなどもコンテンツを搾取してきた
要は、ネット上のプラットフォームレイヤーでコンテンツの流通独占を獲得したネット企業の行動原理は、マスメディアやコンテンツ企業といったコンテンツレイヤーとは明らかに異なるのである

日本の書籍には再販価格維持制度があるので、米国のように流通を担う側が電子書籍に安い定価を当てはめることはすぐには難しい
また、iPadが参入することで流通側での競争が起こり、出版社は価格などの流通条件の設定において多少は有利になるであろう

■日本の出版社が取るべき道とは

しかし、それでも電子出版において出版社が弱い立場に置かれるのは変わらない
だからと言って電子出版を避けていても、本の売り上げは落ちる一方である
出版社はこれからいよいよ厳しい状況に置かれるのである

それでは出版社はどうすべきか
電子出版に対応する最善策は、ネット上での流通への影響力を高めることである
米国の大手出版社4社などが、活字版「iTunes Store」の開設を目指したプロジェクトを進めているのが、その典型である

もちろん出版社は、電子出版への対応を考えるのと同時に、自らのビジネスモデルを進化させなければならない
無料コンテンツが氾濫するなかではコンテンツの質が高いだけでなく、コンテンツの出口に関するビジネス戦略が重要になる
また、紙ばかりに依存できない以上、作者(権利者)との関係における出版社の存在価値を再定義・明確化することも不可欠である

その意味で、多くの出版社
で組織される「日本電子書籍出版協会」の活動は重要である
出版社の既得権益の維持ではなく、業界としてのネット流通への進出やビジネスモデルの進化が議論される場としなくてはならない

米国では第2次ネットバブルの際、無料モデルを喧伝する「ウェブ2.0」に踊らされてマスメディアやコンテンツ企業が戦略なくネットに進出したが、結局ネット企業に搾取されただけで、ジャーナリズムや文化の衰退を招いた
電子出版バブルに踊らされて出版社がその二の舞となり、活字文化が衰退するような事態にならないことを期待したい

[2010年2月8日]

-筆者紹介-

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶応義塾大学大学院メディアデザイン科教授、エイベックス取締役
略歴
1962年、東京都生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒業(MBA)。86年、通商産業省(現・経済産業省)入省。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、資源エネルギー庁、内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。同大臣の側近として、不良債権処理、郵政民営化など構造改革の立案・実行に携わる。98~00年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会(MAA)の事務局長を兼職するなど、ボランティアで音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースに関与。2004年から慶応大学助教授を兼任。06年、小泉内閣の終焉とともに経産省を退職し、慶応大学助教授(デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構)に就任。08年から現職。

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