「11日22時までに海水注入。朝にかけてベント。東電がやらなければ、命令してでもやらせないといけなかった」 @jcast_news

――4月11日に都内で開かれたシンポジウムでは、「今回の原発事故は『二重の人災』」とも言っていました
一つ目は、「事前の警告にもかかわらず、対策が行われなかった」という点だと思うのですが、もう一つは何でしょうか

吉井3月11日14時46分に地震が起きて、1時間後には全交流電源が喪失という報告が東電から政府に来ています
ディーゼル発電機が破損したことも分かった
バッテリーが7~8時間しかもたないことも分かった
そう考えると、3月11日の22時ぐらいを境にして、きわめて厳しい状況になるということが分かっていた訳です

22時までに自衛隊のヘリコプターを借りて大型のバッテリーを現地に持って行けるかどうか検討したようですが、これがダメだったようで、東北電力から比較的小さな電源車を持ってきたものの、接続がうまくいかないという問題がありました
色々な問題があって、22時を過ぎてしまった

そうなると、冷却機能が働かない訳ですから、どんどん温度が上がって沸騰状態になり、蒸気圧が高まっていく
内圧が高まり、液面が下がる
当然、炉心が出てくる
非常に厳しい時間帯だということは、プロはみんな分かっていました

4月14日の衆院消費者問題特別委員会に、原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長に来てもらって質問したら、「厳しい事態になると思ったのは、その日の真夜中だったと思います」などと答弁しています
「『極めて危険な状態だ』と総理に言ったのは何時だ」と聞くと、「(午後)8時か9時頃から、少なくとも海江田経産大臣にお伝えしています
深夜1時~2時には、総理を含めてご理解いただいている」と答えました

「ベント」と水投入早くすべきだった

吉井ですから、進言する時期は遅すぎたにせよ、班目委員長から「このままいけば、炉心溶融になる」と聞かされて、菅首相は「厳しい」という認識を持ったと思います

――では、炉心溶融にならないためには、何をすべきだったのでしょうか

吉井大きく二つあります
ひとつが、高くなりすぎた圧力を、原子炉内部の水蒸気を抜いて下げること
いわゆる「ベント」です
もうひとつが、真水を投入することです
緊急炉心冷却装置(ECCS)は働かなかったようですが、他のラインがいくつかあるので、まず真水を入れる
真水がなければ海水をぶちこんででも、とにかく冷やす
炉心を絶対表に出さず、時間をかけて温度を下げ続ける
これしかありません

この一番厳しい判断を東電にやらせないといけないし、東電がやらなければ、命令してでもやらせないといけない
後に命令していますが、本当は、22時までにここまでやらなければなりませんでした

班目委員長が「厳しい事態」だと言った20時~21時からの10数時間、本当に危ない状態が続きました
つまり、翌3月12日朝にかけてです
そのときに菅首相は朝の6時から対策本部を空けて、班目委員長を連れて原発の視察に行ってしまいました
そのときは、本当は、東京電力に「ベントをやれ」と言わないといけなかった

その一番厳しい時期にいなかったというのは、やはり「もう一つの人災」ですね
予防措置をとらなかった人災と、津波をかぶって深刻な事態になった時に打つべき手を打たなかった人災
この2つだと思います


吉井英勝さん プロフィール
よしい・ひでかつ衆院議員、日本共産党環境・エネルギー・原発問題委員長
1942年生まれ
京大工学部原子核工学科卒
堺市議、大阪府議、参院議員を経て、90年衆院初当選
現在7期目
原発問題の専門家としても知られている

福島第1原発事故は二重の人災だった日本共産党・吉井英勝衆院議員に聞く(上) : J-CASTニュース

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