「今再び問われる東電処理の在るべき姿」 2011年12月30日 @yoshitaka_kitao

本年最後のブログ執筆となる今回は、先週木曜日にもTwitterで指摘した東京電力株式会社(以下、東電)のでたらめな処理の仕方に対する反論を記しておこうと思います。
まずは今週月曜日に東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会により示された中間報告書について言及しますと、本ブログでも様々な観点から幾度となく指摘してきたように(下記①~④参照:北尾吉孝日記より抜粋)、やはり天災というよりは人災であると言い得ることがより分かってきました。

①2011年3月15日『福島原発事故は天災か人災か』【聞く所によれば今回問題となっている原発は40年も前に作られたものだそうですが、今日までの40年間、その原発がどのようにメンテナンスされ、そしてまた機械器具装置の入れ替えがどのように実施されてきたのかということを私は問いたいと思っています。
もし上記対応が何もなされていないということであれば、今回の事故は人災という他ありません。
2007年に起こった「新潟県中越沖地震」により柏崎刈羽原発が被災した際、原発に関するあらゆる事柄を見直さなければならなかったわけですが、今回の福島のケースでは安全弁とされているものが何一つワークしなかったというように伝えられており、天災なのかあるいは人災なのかについては徹底究明すべきです。】
②2011年4月1日『福島原発事故に対する政府・東電の責任』【私は先月15日『福島原発事故は天災か人災か』と題したブログを書きましたが、その後出てきた様々な事故関連の情報を見るにつけ、人災的要素が大きいというように思わざるを得ないような状況になっています。
日本政府と東京電力株式会社(以下、東電)の責任が、いよいよ明らかになってきたのです。
第一にTwitterでも呟いた通り、原子炉冷却において何故最初から海水を注入しなかったのかということです。
東電は原子炉を廃炉とすることに抵抗し初期段階で海水による対処を行いませんでしたが、それ故に炉心融解が起こるというようなことに繋がって行ったとしか私には思えません。
次に米国のルース駐日大使もTwitterで述べていたように、当初から米国政府は「東京電力福島第1原子力発電所の事態悪化に備え、放射能被害管理などを専門とする約450人の部隊を日本に派遣する準備」等をしていたにも拘らず(※1)、日本政府がその受け入れを拒んできたということです(※2)。
菅総理は如何なる根拠に基づいて「日本だけで対処出来る」というように考えたのかと、その浅はかさに開いた口が塞がりません。】
③2011年5月13日『「自由企業体制の資本主義の精髄」に関する考察』【東電のような独占禁止法違反状況とも言えるパブリックカンパニーなどというものが認められている現状自体が可笑しいと思うのです。
より厳しい競争条件を作り出し夫々を競争させていたら、今回のような福島県での惨劇も起こらなかったかもしれないわけで、様々な面において競争がなかったからこそ人災が引き起こされたとも言えるのではないでしょうか。
競争こそが色々な不合理やそれらの問題を解決して行く方法ですから、競争させないメカニズムにしていたからこそ、40年前に作られた原発がそのまま生き残ってしまうということになるわけです。
言うまでも無く、万が一の事故を起こせば破綻に繋がるというリスクも常に抱えながら、企業経営というのはなされて行くものです。
そして、そうした破綻に繋がらないようにしようと思うからこそ、当該分野における技術革新を適時導入して行くのであり、競争のある世界であれば40年前のものがそのまま生き残るなどとは到底考えられません。
また、競争のある世界であれば、賠償資金が確保出来ないからといって電気料金を値上するということなど出来るはずもありません(※3)。】
④2011年7月22日『新たな日本創造への処方箋』【戦後60年以上に亘る自民党長期政権下において築き上げられた政官財の癒着構造こそが諸悪の根源であり、今回の原発問題が生じたのもある意味では原子力安全・保安院や原子力安全委員会、東京電力株式会社といった所が自民党政権時代に強固な癒着関係を構築し、ありとあらゆる改革改善を阻んできたことに因るわけです。
本ブログで幾度か指摘してきた発送電分離や周波数統一といったものの実現を阻んできたのも、正に上述の癒着関係であります。
そしてまた、国会においては老朽化した40年以上前の原発に対して見直しを求める指摘が日本共産党議員からもありましたし、米国からも同じ様な指摘があったと聞いていますが、そうした中で前政権は何の対処もしてこなかったわけですから、その意味においては現政権というより前政権からのレガシーというものなのです。】

「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」の「当局と東電の深刻な対策不備を指摘―福島第1原発の事故調が中間報告」という記事にもあるように「同報告書は(中略)東電が先に発表した事故直後の対応で運営上の重大な過失はなかったとした自己調査の結果と真っ向から対立する」ものとなっていますが、今週火曜日の読売新聞記事『東電の初動「誤り」、冷却の空白招く…事故調』でも下記述べられている通り、非常に基本的なミステイクがあったということが指摘されています。

『報告書によると、1号機では3月11日、緊急冷却装置「非常用復水器」が津波による電源喪失で停止したが、吉田昌郎所長(56)(当時)や本店幹部らは正常に冷却していると誤認したまま、8時間以上気付かなかった。これが、対応の遅れにつながり、格納容器の圧力を抜く「ベント」や原子炉への注水が始まったのは翌日だった。
3号機では13日未明、緊急冷却装置「高圧注水系」を手動停止したが、別の注水手段への切り替えに失敗、冷却できなくなった。

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