野本良平がカンブリア宮殿に!経歴と 羽田市場の6次産業とは?

2017/1/19 投稿者: 角田 勲

1月19日の「カンブリア宮殿」に、羽田市場(CSN地方創生ネットワーク)の野本良平社長が出演されます。5月10日の『ガイアの夜明け』では、羽田市場を創った野本良平社長の、漁師と消費者を直結させる仕組みが紹介されました。野本良平社長の経歴と、6次産業になくてはならない羽田市場の仕組みをまとめました。

1 野本良平社長の経歴
2 羽田市場の仕組み
3 まとめます。
野本良平社長の経歴
野本良平社長は、

1965年生まれの50歳
千葉県出身

野本良平社長の実家は、業務用の食品卸会社でした。高校卒業後、大学浪人をされていたようですが、その時にいきなり、お母さんから車の免許を取っても良いよと言われたそうです。その言葉に喜んで免許を取りますが、翌日から、トラックを運転して家業の配達をさせられたそうです。お父さんが倒れて人手不足のようでした。ただ、1年間、それほど熱意もなく、なんとなく仕事をしていたようです。

が、ある日、カーナビを買って取り付けて行先をいれたところ、表示されなかったことに驚愕を受けたそうです。実は、あまりにも近すぎて表示されなかったそうです。普段の生活の行動範囲の狭さにびっくりして、スーツを買って営業活動をすることにしました。それが、野本良平社長の人生の転機だったんです。スーツで配達に回っていることが話題になったり、大きなスーパーへの卸を決めたりして、かなり売り上げが上がって、面白くなったそうです。その時に感じたのが、問屋は将来がないってことです。メーカーにならなければ!って感じました。知っていると思いますが、問屋は、メーカーと小売店の間の取り次ぎなのですが、価格的にどちらからも責められて、一番大変な立場なのです。

そこで、1998年ころ、問屋と並行して中国から原材料を仕入れて日本で加工、販売する事を始めたそうです。商品は主に、たけのことマツタケです。その中で、たけのこの水煮が大手スーパーとコンビニに採用され、爆発的に売り上げが伸びます。習志野の工業団地に大きな工場を立てることになり、今でも操業されているほど大きな事業になりました。

野本良平社長は、その実家の方はまかせて、中国との貿易を主体としてやっていたようですが、お客さんだった大手回転寿司の(株)銚子丸に入社して、商品部門を担当されます。その後、エー・ピーカンパニーに転職されて副社長になります。エー・ピーカンパニーは、「塚田農場」「じとっこ」「四十八漁場」「魚米」などを経営する居酒屋、外食チェーンです。

入社した理由は、エー・ピーカンパニーの米山社長が、自社の養鶏場を持っていることに興味を覚えたからです。その頃に、生産者と消費者が、直接結びつく時代がかならず来ると考えていたと話されてます。そして、仕入れ経費を下げ、配送センター、セントラルキッチンなどを整備し、宮崎の農場などを立て直して、生産から流通、販売までの仕組みを変えていきます。その結果、3,4年でマザーズに上場しました。

その次は、(株)柿安本店の常務執行役員をつとめます。「二尺三寸箸」「柿安」「上海柿安」などの外食チェーン店です。そして、2014年10月に「CSN地方創生ネットワーク」を立ち上げます。最初は、コンサルティング会社でしたが、現場に入っていかないと気が済まないと言って、今の様な形態になりました。

一番の目標は、一次産業の活性化です。そのために、初めは羽田空港から15分程度の所に会った水産資源の加工場も羽田空港内に移して、羽田市場として2015年9月にオープンさせています。創業からわずか2年で26億円の売り上げを上げています。では、その羽田市場の仕組みはどういうものでしょうか。

羽田市場の仕組み
羽田市場の仕組みを簡単に言ってしまえば、漁師さんたちが箱詰めした魚を羽田空港まで飛行機で送ってもらって、その場で加工して、居酒屋、お寿司屋さんなどの小売店に卸すということです。当日の朝に摂れた魚が、その日の夕方には、調理人のまな板の上に乗っているわけです。美味しくないわけがありません。

では、通常の流れはどういうものかというと、

漁師さんが海で魚を獲る。
地元の市場に持っていく。
築地などの都会の市場まで輸送。
仲買人が競り落として、卸業者に。
卸業者から、小売店に。
この流れですから、漁師さんが海で獲ってから3~4日立った後に、料理する人のまな板の上に乗ります。

鮮度の違いは明確です。魚の一番の資源は鮮度です。簡単に言えば、取れたてが一番おいしくて、日が立つにつれて価値がなくなっていきます。その鮮度を保つために必要だったのが、羽田空港内の加工センター、羽田市場だったんです。もちろん、初めは断られます。空港内にそんなものをつくるなんて常識外でしたからね。何とか粘り強く交渉して、つくったときいています。何のために鮮度にこだわったのかというと、漁師さんの為です。鮮度のいい魚は高く売れます。つまり、漁師さんの生活のために、できるだけ高く買い取って、高く卸す。その為に、野本良平社長は鮮度にこだわったのです。

そして、この羽田市場のもう一方のとんでもないシステムは、ネッによる競りです。羽田市場の中に、競りに使われるスタジオがあって、そこからネットで生配信されます。それを見ながら料理人たちはお店でパソコンの画面を見ながら競りをするんです。

しかも、値段は、漁師さんが付けます。通常とは逆に、その後に料理人たちが値段を付けて行くというシステムです。簡単に言うと、注文をもらってから海に魚を獲りに行くイメージです。そうすると、漁獲高によって値崩れもしませんし、漁師さんたちの生活も安定してきます。そして、売れなかったっていうこともありませんし、現状の卸値よりはだいぶ高く売れることになります。

例えば、現在100円の売価の魚でしたら、漁師さんに入るのは、35円位。それが、羽田市場でしたら、70円位にはなります。その分、漁師さんたちの生活が安定します。そうなると、だれもが羽田市場に卸すような気がしますが、なかなか難しいそうです。それは、知名度の部分と、手間がかかるからです。

手間というのは、取った魚の処理です。魚の〆方、箱詰めの仕方など、一番おいしくなる様な手間を掛けた分、高く売れるわけです。普通の漁師さんの場合、魚を獲るだけです。でも、野本良平社長は、漁師さん一人一人に魚の締め方、箱詰めの仕方などを指導しに全国を飛び回っています。たとえば、単純に頭に針を刺してエラを切って締めると、生臭くなってしまうそうです。良い締め方は、ハサミでエラを切って泳がせます。箱詰めは、腹を上にして縦づめとか。一人一人に、ていねいに教えることによって、品質がドンドン高くなっていって、野本良平社長も安心して高く買い取ることができるわけです。

手間をかけたたら、その分だけ漁師さんたちがもうかる仕組みになっていますので、やりがいはものすごくあります。現在700件の漁師さんたちと提携を結んでいるそうです。漁師を継ごうと、都会から子供たちも帰ってきて、後継者不足が解消した漁師さんもたくさんいます。野本良平社長の次の目標は、海外輸出です。日本で獲れた魚を24時間以内に海外に持っていくことです。

まとめます。
野本良平社長は、一次産業をしている人と二次産業、三次産業をしている人をくっつける仕組みを創ろうとされています。6次産業化です。そうすることによって、3kと言われている一次産業に従事している人たちに、もっと幸せを味わってもらたいと思っています。そのためには、流通経路をすくなくすることと、品質を上げていくことが大事です。今までは、薄利多売に代表されるように、悪くても何でも良いから沢山作って売ればもうかってきました。そういう時代は終わって、昔の日本みたいに、イイモノをしっかり作って適正な値段で売っていく時代が来たと思います。

そのためには、野本良平社長のようなすべての事を理解して、システムを俯瞰的に作れる人がこれから必要になってきます。机上の空論ではダメで、実務もしっかり理解したうえでシステムを作り上げていくことが、生き残っていく鍵だと思います。

最後に、野本社長が言っていた、解凍マグロをおいしく食べるコツを載せておきます。スーパーで売っている、解凍してあるマグロの柵(さく、ブロックの事)をおいしく食べるコツです。よく赤い水が出ていますよね。あのままだと、水っぽくてあまりおいしくありません。美味しく食べるコツは、

大さじ2杯程度の塩をまぶす。
お皿に載せ、ラップをかけます。
10~15分、冷蔵庫に入れます。
取り出して、流水で洗います。
水気を切ります。
筋目を立てるように包丁で切ります。
こうすると、余分な水分がお刺身の外に出て、おいしくなるそうです。生の刺身を買って食べるよりも、おいしくなるそうです。試してみてください。

他にも、魚関連の画期的な会社があります。

フーディソンのサカナバッカ
磯丸水産の佐藤誠社長

情報源: 野本良平がカンブリア宮殿に!経歴と 羽田市場の6次産業とは?