パナソニックがコーヒー? 家電+食材のサブスク化へ試金石:日経クロストレンド

2019年02月05日 読了時間:8分
酒井 大輔 日経クロストレンド 記者

厳選されたコーヒー豆が毎月自宅に届き、“世界一の焙煎(ばいせん)技術”で極上のコーヒーが飲める──。
パナソニックが、「The Roast」というサービスでサブスクリプションに挑んでいる。

数ある事業領域から、なぜあえてコーヒー焙煎に狙いを定めたのか。
特集の第2回は、その真意を探る。


パナソニックは、コーヒー焙煎でサブスク事業を展開。
「世界チャンピオンの技を自宅で再現できる」のが売りだ

「あらゆるモノがネットにつながる『IoT』と調理家電を掛け合わせたら、何ができるか」。
生活家電を手掛けるパナソニックのアプライアンス社が導き出した答えは、意外にもコーヒーによるサブスクだった。

The Roastは、1台10万円(税別)の“スマート”コーヒー焙煎機と、定期頒布のコーヒー豆(生豆)をパッケージ売りするサービス。
契約すれば、1袋200グラムの豆が毎月、複数届く(2種は月額3800円、3種は同5500円。いずれも税別)。

利用者は、パッケージのQRコードを、専用のスマホアプリで読み込み、焙煎機に生豆をセット。
アプリの「ロースト開始」ボタンを押すだけで、本格的な自家焙煎ができる。


1袋200グラムの生豆が毎月2種または3種届く。
生豆は世界各地から厳選したスペシャルティコーヒー

「ハードウエアだけではだめだ」

パナソニックはなぜ、コーヒーの、それも焙煎というニッチな分野を選び、しかもサブスクというビジネスで攻めようと思ったのか。

プロジェクトの事業リーダーを務める井伊達哉氏が、その理由を語った。
「これまでのように、ハードウエアを作って売るだけではだめだという危機感があった。
調理家電を進化させ、新しい食のサービスを提案したかった」。

コンビニコーヒーが起爆剤となり、日本のコーヒー消費量は順調に伸びている。
しかし、これほど日常生活に溶け込んだ存在でありながら、本当においしいコーヒーを家庭でいれるには高度な技術が必要で、それは素人にはまねできない。
そこを、家電メーカーであるパナソニックが解決すれば、新たな価値を生み出せるのではないかと考えた。

「実は、コーヒーの味は、生豆と焙煎で9割決まる。
いくら最後の抽出を頑張っても、豆選びと焙煎をおろそかにすると、おいしいコーヒーは飲めない。
しかも、いったん焙煎したら酸化が進み、2週間以内に飲まないと、味や香りが損なわれてしまう」(井伊氏)。

焙煎の精度を磨き、高品質な豆を供給し続ければ、新たなニーズがつかめ、継続利用も見込めるかもしれない。
それは、家電の「売り切り型」で成長してきたパナソニックにとって、最も欲しい顧客だった。

実際、パナソニックは「CLUB Panasonic」という会員サイトを運営しているが、登録率は低い。
新サービスと会員登録をひも付ければ、利用者の属性を詳細かつ正確につかめ、きめ細かくサービスを改善できる。
その結果、満足度が高まれば、さらに継続率を伸ばすことも可能だと考えた。

本当の価値はプロファイルにある

実は、今回の焙煎機は自社開発ではない。
英国のスタートアップIKAWAと手を組み、IKAWAの製品をベースにチューニングを重ね、徹底的に性能の均質化を図ったのだ。
自前主義を捨てた結果、通常は4年かかる開発を、2年に縮めることに成功したという。


焙煎機はボタンが1つだけのシンプルなデザイン。
きめ細かく温度や風量を制御して生豆の特徴を引き出せるように調整を重ねた

さらに、毎月届ける生豆は専門商社である石光商事(神戸市灘区)が卸す。
ハードウエアで他社の協力を受け、豆の仕入れも専門業者が担う。
では、パナソニックにとって何のメリットがあって、このビジネスを始めたのか。
ここに、この事業のポイントが隠されている。

主役となるのは、焙煎プロファイル(焙煎工程のプログラム)だ。
パナソニックは、単に豆を流通させているのではなく、焙煎工程をデータ化したプロファイルをパッケージにのせて届けている。
いわば、焙煎技術という「レシピ付きの豆」で付加価値を出しているのだ。

しかも、単なる焙煎ではなく、「世界一の焙煎」だ。
パナソニックは日本人で唯一、コーヒー焙煎の世界大会を制した豆香洞コーヒー(福岡県大野城市)の後藤直紀氏にプロファイルの作成を依頼。
後藤氏が豆ごとに温度、風量を細かく調整して作ったプロファイルが、春夏秋冬、どんな地域でも寸分の狂いもなく動くよう、焙煎機を制御した。
すべては、世界一の焙煎技術を完全にコピーできる世界を創るためだ。
利用者はスマホの専用アプリでQRコードを読み込むだけで、プロによる複雑な焙煎工程をいとも簡単に再現できる。

特集の第1回では、サブスク事業で提供すべき価値として「新しい消費体験」「圧倒的な利便性」「コスト優位性」の3つを挙げた。
パナソニックはまさに「新しい消費体験」を掲げ、勝負を仕掛けたと言える。

そして、この勝負は、コーヒーだけにとどまらない可能性を秘める。
プロファイルが世の中で価値あるものだと認められれば、プロファイルを軸に、他の食材、他の調理家電を組み合わせることで、新しく、付加価値の高い食のサービスを次々と展開できるのだ。

「まだもう少し頑張らないといけない」

今回のThe Roastで、パナソニックはいかに利益を上げるのか。
まず焙煎機では、大きな利益は望めない。
先述した通り、自前で開発しておらず、提携先のIKAWAの焙煎機も市販で10万円を軽く超えるのが普通。
10万円という価格設定で利ざやを出すのは難しいとみられる。

一方、豆の価格は100グラム換算で1000円前後。
生豆としては高額で、プロファイル分の価値を上乗せし、パッケージとして利益を出そうとしている。
もっとも、事業を軌道に乗せるには「規模の経済が必要」(井伊氏)。
ある程度の契約数の上積みと、高い継続率が求められる。

The Roastを始めたのは、2017年6月だった。
1年半たった今、手応えはどうか。
井伊氏はやや苦笑して言葉を継いだ。
「まだ、もう少し頑張らないといけないところでしょうか」。
利用は40代以上の男性が中心で、継続率は約8割と高い。
作り込んだかいはあったと感じる一方、好調とは言い難い。

そもそも、日常的にコーヒーを飲む人が多いとはいえ、家庭での焙煎需要は極めて低いのが現実だ。
自宅でドリップを楽しむ人も、あらかじめ店で焙煎された粉を使うのが一般的で、「粉から豆へ」と目を向けさせるハードルは、予想以上に高かった。

豆は1袋200グラム入りで、1杯当たり100円程度と、コンビニコーヒーと同水準。
しかも、飲めるのは世界チャンピオンが焙煎したコーヒーであり、焙煎度は浅煎(い)り、中煎り、深煎りの3段階から選べる。
焙煎機も、プロ仕様の業務用なら大型で数百万円、小型機でも50万~100万円が相場。
コストパフォーマンスは、悪くないという見方もできるが、井伊氏によると、10万円というイニシャルコストを見て、反射的に高いと感じた人は多かったようだ。

プロから見れば「格安」サービス?

パナソニックは18年12月、新たな展開として、The Roastに「エキスパートサービス」を追加した。
上級者向けのパッケージで、価格は25万円(税別)。
従来のプラン(ベーシックサービス)と比べると実に15万円の開きがある。

その差はどこにあるのか。
実は、焙煎機(=ハードウエア)はベーシックサービスと同じ。
大きな違いは、アプリで自分好みの焙煎プロファイルを作成できるかどうかの1点にある。
豆の定期購入は不要で、好きな豆を自由に試せるのだ。
「ハードを変えずに価値を加える」新たな試みとして、井伊氏は提案したが、価格設定も相まって社内では散々な反応だった。
「あほか。
そんなん、誰が買うねん!」の大合唱だったという。


ベーシックサービス(左)では後藤氏の焙煎プロファイルを選ぶ。
エキスパートサービス(右)では、専用アプリで温度、時間、風量を細かく設定し、自分だけの焙煎プロファイルを作成できる

しかし、蓋を開ければ、これが計画以上のペースで売れている。
The Roastは、一般人の知名度はまだ低いが、プロの認知度は比較的高かった。
特に焙煎機の性能には定評があり、喫茶店のマスターを中心に「自分なりにいろいろと焙煎を試したい」というニーズをつかんだのだ。

先述した通り、相場を知るプロにとって25万円は破格である。
業務用焙煎機は手早く大量に焙煎できる一方、少しだけ焙煎したいときには不向きだった。
その点、パナソニックの焙煎機は、新しい生豆を少しだけ試す「サンプルロースター」にもちょうどいいサイズとして、受け入れられた。

このように、プロには根強い需要がある半面、一般人には思うように響かない。
ここに、この事業の壁がある。

パナソニックは、その壁を乗り越えるべく、上から攻める方針に切り替えた。
エキスパートサービスの利用店をピックアップし、カフェで焙煎の奥深さを体感してもらう。
後藤氏の他、ラテアートやバリスタの日本チャンピオンら「コーヒーのプロ」を集めたファンサイトも開設。
ネットと店舗の双方で「コーヒーコミュニティー」を拡大し、焙煎へと関心を広げてもらう作戦だ。


極上の焙煎コーヒーを体験できるよう、定期的に体験の場を設けている

狙うはコーヒーの「第4の波」

パナソニックは今回のサービスで、コーヒーブームの「フォースウエーブ(第4の波)」に乗ることを期待する。
豆の産地や種類を厳選し、豆の個性を引き出して抽出する「サードウエーブ(第3の波)」の先に、豆の焙煎度や鮮度に着目して自ら焙煎する、「自家焙煎」の波が押し寄せるとみているのだ。

その起爆剤になりそうなのが19年2月28日、東京・中目黒にオープンする「スターバックス リザーブ ロースタリー」だ。
焙煎工場併設のスタバは日本初、世界でも5カ所目。
「世の中のトレンドが、焙煎(ロースト)に向かう
確信は持っている。その波に乗っていきたい」(井伊氏)。

焙煎の認知度が高まれば、この事業も拡大する可能性を秘めている。
焙煎の醍醐味を知れば知るほど、価格やサービスに魅力を感じる人が増えるからだ。
パナソニックにとって今回のサブスク事業はあくまでも「第1弾」。
ここで成功することが、新たな食材で、新たな調理家電で、とビジネスを広げる道を開く。

情報源: パナソニックがコーヒー? 家電+食材のサブスク化へ試金石:日経クロストレンド

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