キーワードは「県外」「失敗」「マッチング」 行政の中のスタートアップ「ひろしまサンドボックス」 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

キーワードは「県外」「失敗」「マッチング」
行政の中のスタートアップ「ひろしまサンドボックス」
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「3年で10億円規模の予算」「643者の会員」など「サンドボックス」は見出しに事欠かない。他県他団体の同様の取り組みとの違いは何か?その実態に迫るため広島に向かった。

「豊かなところです」

広島県知事の湯﨑英彦は、生まれ育った故郷であり、現在の職場でもある地をこう表現する。北には中国山地がそびえ南には瀬戸内海が広がり、古くから製鉄が栄え多くの人と物が行き交った。広島県は現在も大手自動車メーカーの本社や工場、半導体メーカーの工場などが立地するものづくり県で、県内総生産は中国四国地方で最大を誇る。

「今も引き続き豊かで、だからそれに満足して、世界の変化に十分に対応できていないという目に見えない危機がありました。ただ、広島には昔から、開拓者精神を持つ人も多く、たとえば東京へ出て活躍している人もたくさんいます。本来持っているそうした“力と宝”を十分に発揮するきっかけがあれば、広島県はますます豊かになれます」

湯﨑英彦◎広島県知事。1965年生。東京大学法学部卒、スタンフォード大学MBA。通産省(現・経済産業省)を経て2000年に株式会社アッカ・ネットワークスを設立、代表取締役副社長に就任。2008年に同社を退社、2009年より現職。

そこで注目したのが、IoT、AI、そしてロボティクスといった、インダストリー4.0の鍵を握る新しいテクノロジーだった。こうした技術を活用し、県内の企業が新たな付加価値を生み出せるよう、広島県全体を実証実験の場とする事業を立ち上げた。その名は「ひろしまサンドボックス」。砂場(=サンドボックス)のように試行錯誤を繰り返しながら、地域課題の解決を模索する場だ。

「行政がやるものというと、非常にカチッとした枠組みがあって、それに合致しないとダメですよとか、しっかり成果物を出してくださいねとかいったケースが多いものです。我々にも、どうしてもそういう部分があります」

起業家でもある知事の言葉は率直だ。「一方で、インターネットを中心とするITの世界では、自由が好まれます。ですから、こちらにもそういった姿勢が必要だろうと考えました。ひろしまサンドボックスで最も大事なのは、成果ではなく、面白そうな、意義のありそうなプロジェクトをとにかくやってみるプロセスそのものです。砂場では城を作っても寿司を作っても良いのと同じで、何をしてもいいし、やり直してもいいし、失敗してもいい。コンソーシアムを組むこと以外、公募にはほとんど条件を設けなかったのは、自由に取り組んでほしかったからです」

予算は3年間で10億円規模。県外企業にも門戸を開いた結果、予想をはるかに上回り、89件のプロジェクトの応募があった。コミュニティである協議会会員数は、広島県内外の企業や大学など643者。2019年3月時点では狭き門を突破した9つのプロジェクトが選定され、実証実験を進めている。

選定された9つのプロジェクトとコンソーシアム構成団体

1「島しょ部傾斜地農業に向けたAI/IoT実証事業 〜ICT(愛)とレモンで島おこし〜」
一般社団法人とびしま柑橘倶楽部/竹中工務店/呉広域商工会/ウフル/M-Cross/エネルギア・コミュニケーションズ

2「宮島エリアにおけるストレスフリー観光」
西日本電信電話株式会社広島支店/廿日市市/宮島観光協会/ウフル/脇谷直子(修道大学)/富川久美子(修道大学)

3「広島県民の医療や健康等個人情報にブロックチェーン型情報管理と情報信託機能を付与した情報流通基盤を構築する事業」
国立大学法人広島大学/OKEIOS/NTTドコモ/DPPヘルスパートナーズ

4「異なるプラットフォーム間での有機的なデータ結合を行い、
新しいサービス創出に取り組める、データ連携基盤(仮称)の構築とその実証」
ソフトバンク株式会社/広島銀行/中国電力/イズミ

5「つながる中小製造業でスマートものづくり」
デジタルソリューション株式会社/谷崎隆士(近畿大学)/小松金属/津田製作所/広陵発條製作所/近藤工業/アプストウェブ/広島県中小企業診断協会

6「AI/IoT活用による保育現場の「安心・安全管理」のスマート化
〜待機児童問題に係る保育士不足問題の解決―みんなが笑顔になる保育園を目指して〜
株式会社アイグラン/ユニファ/パシオン/あい福祉会/ヘルスケアマネジメント協会

7「スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業」
国立大学法人東京大学/シャープ/江田島市/内能美漁業協同組合/中国電力/セシルリサーチ/NTTドコモ/ルーチェサーチ/平田水産

8「海の共創基盤〜せとうちマリンプロムナード(海洋版ダイナミックマップ)」
株式会社ピージーシステム/瀬戸内海汽船/せとうち観光推進機構
/Intheory/富士通九州ネットワークテクノロジーズ

9「通信型ITSによる公共交通優先型スマートシティの構築事業」
中電技術コンサルタント株式会社広島支社/広島大学/東京大学/広島電鉄/マツダ/自動車技術総合機構交通安全環境研究所

そのうちの一つが、一般社団法人とびしま柑橘倶楽部など6者によるコンソーシアムのプロジェクト「島しょ部傾斜地農業に向けたAI/IoT実証事業〜ICT(愛)とレモンで島おこし~」だ。

末岡新果園6代目の末岡(中央)は、Uターンで農業を始めて10年目。「技術でレモン農家の仕事の内容が変わり、こうした取り組みが広がれば、新規就農の人も増えると思いますよ」と考える。ドローンの操作もすぐに覚えた。武田(右)や片上(左)も「末岡さんはすごい人」と一目置いている。

IoTでレモンを増やせ

呉の市街地から安芸灘とびしま海道を走り、橋を4つ渡ると、そこが大崎下島だ。車を降りると、まだ桜も咲いていないのに初夏のような日差しが照りつけた。

このあたりの温暖で雨の少ない気候は柑橘類の栽培に適して、古くから大長みかんの産地として知られ、黄金の島とも呼ばれてきた。その島で末岡和之はみかんのほか清見オレンジ、そしてレモンを育てている。

「レモンはだいたい、11月から6月まで収穫できます。日当たりが良くて水はけが良いと糖度が上がる。だから斜面だとなお味が良くなります」

しかし、斜面での果樹栽培は平地に比べて負担が大きい。レモンだけで7000平方メートルを超える耕作地で作業をするのは、昭和26年生まれの末岡のほかは「補佐が二人」だという。

この条件下で、収穫量は増やしたい。今、広島のレモンは品不足が続いている。レモン農家の減少と、県などのPRにより防腐剤や防かび剤、ワックスを使わず、皮も食べられる瀬戸内産レモンの需要拡大が同時に起こっているためだ。

そこで、技術で解決を図ることになった。葉が青々と茂り、黄色い実をつけたレモンの木の脇に、木と同じくらいの高さの柱が立っていて、そこにセンサーとソーラーパネルが取り付けられている。コンソーシアムの一員である株式会社エネルギア・コミュニケーションズの武田洋之が説明する。

「空気中の温度湿度、照度、それから、土壌の水分量などを測定しています。もともと私達はLPWAの実験をしていまして、それをどう活かすかとなったときに、レモン農園で使えるのではないか、という話になりました」

LPWAとは、低電力で広域をカバーする通信方式のこと。電源供給をしなくてもセンサーを稼働させ、データを送り続けられる。

木の根元には、乾燥した竹を小さく切ったものが敷き詰められている。竹チップだ。もともとは、レモン栽培の天敵である雑草の成長を妨げ、除草剤代わりになると聞いてまき始めたが、土の温度が上がり、それがレモンの育成に好影響を与えていそうなことが分かってきた。現在使っている竹チップは竹を伐採して作ったものだが、牡蠣の養殖に使う牡蠣いかだの古くなったものを再利用すれば、広島らしさが加わる。

上空を、白いドローンが自動航行している。センサーだけでなく、ドローンによる撮影でも、広くデータを集める計画だ。

「単にデータを取るだけは意味がないんです」と武田。「そうして得られるデータから、末岡さんの脳はどうやって最適な判断をするのか、そのロジックも明らかにしたいと思っています」

その段階になると、AIに出番がやってくるだろう。

歩く末岡の後ろを、台車が追いかけている。まるで末岡が親鴨で台車が小鴨。自動追従機能のついたこの台車『カモーン』の原形は、建設現場で使われる台車だった。

やはりコンソーシアムのメンバーで、本社をアメリカのカリフォルニアに置くM-Cross International Corporationの片上裕紀によると、「1台で約600kg、トロッコ10台分の量を積めますし、連結もできます。坂道も勾配が10%くらいまでなら対応できます。建設と農業の現場の課題は似通っているんです」という。すでにぶどう栽培への展開という案もあり、ここでの取り組みが、広島発のロールモデルになる日はそう遠くなさそうだ。

そう話す末岡を中心に、役割分担が明確で、所属や世代の違いによらずに全員が同じ方向を向いている。このプロジェクトは、ひろしまサンドボックスという場がなくても、うまくいったのではないか。

その疑問を、片上はあっさり否定した。

「ほかの会社さんもそうだと思いますが、普通の事業であれば、採算を考えなくてはなりませんし、建設から農業へという異業種への挑戦もしにくい。でも『これはサンドボックスだから』で、やりやすくなるんです」

片上の言葉は、広島県の狙いを端的に代弁している。

新規性・計画性・実現性・展開性・革新性・地域性を考慮した選定を通過し
た9つのコンソーシアムが推進協議会と情報交換をしながらプロジェクトを進める

再チャレンジできるトライアウト

県の商工労働局イノベーション推進チームで地域産業デジタル化推進担当課長を務め、このプロジェクトの立ち上げから関わってきた金田典子は「企業などが単体で実証実験を行おうとしても、個社ではそのコストを抱えられないというケースは少なくありません。仮に個社で進めても、そのプロセスや結果は“ 我が社のもの”、クローズなものになりがちで、展開が期待しにくいという問題があります。ですから、県がリソースを割いて、オープンなイノベーションの場をつくるべきだと考えました」と話す。

砂場での遊びは、コンソーシアムの外へも開かれる。

縁の下の力持ち、県のひろしまサンドボックス担当者7人は気温10度でも半袖Tシャツで熱意をアピール。

「プロジェクトで発生する作業、たとえば、レモンのプロジェクトでは、センサーを取り付ける作業、竹チップをまく作業などには、子どもたちを含めたボランティアに参加してもらいたいと考えています。そうすることで子どもたちも“IoTってこういうものなんだ”と学べると思うのです」

プロセスの公開には、スタートアップのようなスピード感が求められる。

「3年が過ぎてから『実はこんなことがありました』では、オープンイノベーションにならない。失敗も大事なナレッジなので、それもスピーディに公開してもらえるよう呼びかけています」

公募は二度に渡って行われたが、第1次公募で選ばれなかったプロジェクトに対しては、二度目の前に、選定に至るには何が足りなかったのか、ベンチャーキャピタリストらに相談できる機会を設けた。トライアウトのためのトレーニングをサポートしたのだ。その結果、第2次公募で選定された4件全てが一度は苦汁をなめたプロジェクトだった。

「資金以外にも、マッチングを求める声が多いことが分かってきたので、そこについても、これまで以上に積極的に関与していきたいと考えています」

そして、知事の湯﨑はすでにひろしまサンドボックスのその先を見ている。

「今回は、想像以上に多くの方から関心を持っていただきましたが、我々がこれからやっていくべきは、そうした皆さんのやってみたいというエネルギーをさらに高め、実際にこの広島県でトライしてもらえる環境を整えることです。それを通じて、これからのデジタライゼーションに必要な技術やビジネスモデルが広島に蓄積され、ここでビジネスをしている皆さんの存在感が大きくなり、県外にも広く影響を与えていくようになる。それが大きな夢です」

このサンドボックスは、豊かな広島をさらに豊かにする土壌でもある。

Campsでは誰かに出会えて何かをつかめる
広島市内の銀行や飲食店の建ち並ぶ一角にある『イノベーション・ハブ・ひろしまCamps』は、一見、カフェかコワーキングスペースのように見えるが、そのどちらでもないと県商工労働局イノベーション推進チームでイノベーション環境整備グループに所属する松田敦子は微笑む。

「ここに来れば誰かと会える。それがCampsという場です」

ライブラリや3Dプリンターなどの設備も整っているが、一人で作業に没頭するのではなく、話しかけたり話しかけられたり、持っているアイデアやスキルをオープンにシェアするのがここでのルール。開設して2年ほどだが、こうした出会いが、卵や小麦アレルギーのある人でも食べられるお好み焼きセット(オタフクソース)を誕生させている。

「新しいプロダクトやサービスを作ることだけがここの本来の目的ではないのかもしれませんが、社内だけで考えていたらできなかったものが生まれたのです」

サンドボックスによく似た使い方がされているこの場所は、レモンのプロジェクトでも大きな役目を果たしている。

セミナーやイベント、プログラムも数多く用意してきた。約1年にわたったシリコンバレーを拠点に活躍する女性起業家・堀江愛利による起業家支援プログラムもそのひとつ。

このプログラムに参加した、日本酒ビジネスを手がけるナオライ株式会社の三宅紘一郎代表取締役は「上海の大学に留学し、東京で学んで広島に戻ってきた当初は、物足りなさもありました。しかし、広島にいながら堀江さんの話を聞けて『ああ、東京に行く必要はないな』と感じました」と話す。


カフェのような雰囲気にしたのには理由があると松田は明かす。

「セミナーなどで盛り上がったあと、二次会の店に移動しようとすると、その間に気持ちが冷めてしまうことがありますよね。そうなる前にここでビールを飲みながら交流できるよう、冷蔵庫、それからミニキッチンなどを用意しました」

現在、Campsでは企業人やアントレプレナー、学生など950 名ほどが会員登録を済ませている。近い将来、わざわざ呼びかけなくても人が集まる場とすることを目指す。

「数カ月単位のイノベーション人材育成プログラムにも社員を参加させたいという企業が増えていて、地域で新たな事業や領域にチャレンジしようとする機運を実感しています。新しいことを始めたいという気持ちのある方は、ぜひ、お気軽にどうぞ。ここでは必ず誰かに出会え、何かをつかめます」

誰かの家のような落ち着きがあり、つい長居したくなる空間だ。取材中も登録会員の一人である女性がやってきて、松田(右)と三宅(左)と言葉を交わしていた。
原則として午前10時から午後8時まで、月曜日定休。

Promoted by 広島県 / text by Kyoko Katase / photographs by Kenta Yoshizawa

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