はじめまして、イデオロギーの世界から |LEXUS ‐ VISIONARY(ビジョナリー)

2017.05.17 WED

斎藤和弘
Kazuhiro Saito

はじめまして、イデオロギーの世界から

1990年代半ばから2000年代にかけて、『BRUTUS』、『GQ JAPAN』、そして『VOGUE NIPPON』といったライフスタイル誌やモード誌の編集長を歴任し、ラグジュアリーの本質を追求し続けてきた斎藤和弘氏。現在は家族を築き、雑誌づくりの最前線を退いた氏が、現代における“ラグジュアリー”についてつづる。

(読了時間:約5分)

Text by Kazuhiro Saito
Photograph by Tetsuya Yamakawa
ART&DESIGN LUXURY TREND

あなたにとっての最大の幸せ、喜びとは

私は54歳まで雑誌の編集者として生きてきました。

1996年、40歳のときに『BRUTUS』という雑誌の編集長になり、その2年後に『Casa BRUTUS』を創刊し、2001年からはコンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役社長になると同時に、『VOGUE NIPPON』(現『VOGUE JAPAN』)と『GQ JAPAN』といった雑誌の編集長を務めてきました。

こうした私の編集者人生と常に隣り合わせにあったテーマが「ラグジュアリー」です。ぜいたく、豊かさとは何か── ただそれだけを考えて雑誌をひたすら作り続けてきました。

ラグジュアリーのなかで生きてきた私ですが、現役引退後に人生が急激に変わる出来事が起こりました。それは還暦を前にして長男が生まれたことです。やがて次男も生まれ、今では3歳と1歳半になる息子たちと一緒に暮らしています。

家族を築くまでの私はプライベートで幸せを感じることはほとんどありませんでした。仕事上の気分として不安や苛立ちを感じたとしても、感情として喜びや哀しみを感じることはなく、自分自身は喜怒哀楽から一番遠い人間だと思っていました。

ところが息子たちが生まれて育児を始めるようになると、私のまわりは喜怒哀楽だらけの世界になっていき、幸せを実感するようになっていたのです。子どもの頃からオブセッションのように、「俺は個人的には幸せにはならない」と言い聞かせてきたのに。還暦を越えて人生二周目に入り、喜怒哀楽の世界で生きられるようになってきた自分がいる。これには驚きましたし、大発見でした。

あなたにとっての最大の幸せ、喜びとは何でしょうか。それを考えた先にあるものこそがラグジュアリーです。この連載では、雑誌の編集者時代と隠居後の暮らし、両方の経験から私が感じるラグジュアリーについて徒然とつづっていきたいと思います。

私はイデオロギーの世界に生き続けている

具体的な事例を交えてラグジュアリーを論じていく前に、まずは私がどんなモノの見方の人間なのかをお話ししたほうがよいかもしれません。

今現在、私は61歳ですが、自分の年齢をもっとも自覚するのは、私はイデオロギーの世界に生まれて、今もその世界から抜け出せずに生き続けているということです。イデオロギーの世界とは、現実社会からは遥か彼方にある主義主張の世界。世界はこうあるべきだという信念に支えられた考え方です。私には大前提として、イデオロギーというモノの見方があるということをご理解ください。

物事を考えるとき、私は置かれている状況ではなく原理原則を考えます。ラグジュアリーとは何か。それは誰にとってはどう映るのか、というマーケティングの話は考えません。人によってニーズが違うというのはよくわかっているのですが、基本的に私はイデオロギー体質なので、そこから抜け出せないのです。だから、原理原則から先のことを無理に考えようとしません。

簡単に言ってしまうと、イデオロギーは20世紀終盤にすべて無しという状態になりました。東西ドイツの壁が崩壊し、ソビエト連邦がロシア連邦に変わり、中国が経済発展を遂げた。その世界を生きてきた人のパラダイム(モノの見方)には、イデオロギーや理念といった思想がありました。しかしながら現代では、こうあるべきという世界が失われています。それは20世紀と21世紀の違いを語る上での決定的な差であると私は考えています。

男性誌と女性誌のコミュニケーションの違い

別の比喩でも語りましょう。冒頭でも述べたように、私はずっと雑誌の編集者でした。しかも、『VOGUE NIPPON』の編集長になるまでは完全に男性誌の編集長でした。

私が携わってきた男性誌というメディアは、イデオロギーとバブルの崩壊とともに徐々に減少し始めます。なぜ90年代以降に男性誌は減ってしまったのか。逆にいえば、なぜ女性誌が創刊ラッシュになったのか。その答えは、消費の主流が女性になったから、です。雑誌で考えるとおそらく、20世紀のラグジュアリーと21世紀のラグジュアリーの転換期はここにあるでしょう。

そもそも、男性誌と女性誌には根本的な作り方に違いがあります。それは何かというと、コミュニケーションの違いです。男性誌は「男はこうあるべきだ」という姿論から作られている一方で、女性誌には「女はこうあるべきだ」と主張している媒体はひとつもありません。女性誌でそんなことを言ってしまった日には読者は一人もいなくなってしまうでしょう。

では、女性誌の作り方とはどういうものなのか。女性誌とはリアルでベタであるほど、「これが可愛い・きれい・お買い得」というようなコミュニケーションをとるのです。一方で男性誌はそうではなく、1933年にアメリカで世界初の男性誌『エスクァイア』が創刊した時からずっと、「ヘミングウェイのような男になりたい」というようなハードボイルドの世界。「あるべき姿の男論」をどこまで貫けるのか。それが男性誌の基本なのです。

しかし、現代には残念なことに、「あるべき姿の男論」を貫いている雑誌はありません。ただ、男の世界をあるバリエーションで表現している唯一の媒体があります。それは『LEON』です。『LEON』は人によっては冗談以外の何物でもないかもしれませんが、『LEON』がきっかけで消費が動いている部分があるという事実を否定することはできません。だから、ある意味で「ちょい不良(わる)オヤジ」の世界は冗談ではなくなっているのです。

最後にもう一度繰り返しますが、私にはモノの見方としてイデオロギーが大前提として存在します。これは余談ですが、私が中学生の頃に憧れていたのは中国の文化大革命時期に台頭した紅衛兵でした。どれだけ憧れていたのかというと、毛沢東語録を暗記するほどです。当時はレーニンの『帝国主義論』という本を持っていて、天皇主義者の祖父と大げんかになりましたから(笑)。このような私の履歴を知っている人は間違いなく、なぜお前がラグジュアリーについて語るんだと言うでしょう。ええ、私だって不思議ですよ。山形の米農家の息子がラグジュアリーだなんて。


斎藤和弘Kazuhiro Saito
編集者。平凡社『太陽』編集部を経て1996年からマガジンハウス『BRUTUS』編集長、2001年にコンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役社長に就任、『VOGUE』の編集長も兼務。2009年末に退社し、フリー編集者・メディア開発コンサルタントとして活躍中。ファッションブランド論の第一人者。2017年3月まで明治大学特任教授も兼務。

情報源: はじめまして、イデオロギーの世界から |LEXUS ‐ VISIONARY(ビジョナリー)

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