こうして希望は育まれる ― 希望と向き合う社会科学 ― 東京大学 社会科学研究所 玄田有史教授

2016年5月31日 掲載

希望とはいったい何か

…「幸福な状態にある人が思うのは、その状態がいつまでも続いてほしいということでしょう。
つまり、幸福は〈継続〉を求めるものですが、対する希望は、〈変化〉と密接な関係があります。
現状は苦しくとも、未来に向けて状況を少しでもよくしていきたい。
そういう〈変化〉を願う思いが、希望には含まれています。
人が安心感を抱くには、〈確実な見通し〉が必要です。
対する希望は、先行きがはっきりと見えているわけではありませんが、未来が少しでもよくなることを願い、〈模索するプロセス〉にこそ意味があります」

希望とは、大切な何かを行動によって実現しようとする気持ちである。
Hope is a Wish for something to Come True by Action.

すなわち、希望は次の4つの柱によって成り立っている。
「大切な何か(Something)」つまり目標を、「行動(Action)」によって「実現(Come True)」しようとする「気持ち(Wish)」。
この四本柱である。
こうして希望を成立させる要素が見えたことは、大きな意味があったと玄田教授は語る。
「人が希望を持てないのはなぜか、その理由にアプローチしやすくなりました。
希望を持てずにいる人は、この四本柱のうちのいずれかが欠けていると考えれば、希望と向き合いやすくなるはずです。
そもそも目標が見つかっていないのか、目標に対する気持ちが足りないのか、それとも目標を実現するための行動が欠けているのか、頑張っているのになかなか実現しないのか……。
欠けているものを満たせば希望を持てるようになりますし、希望について考えることをきっかけに、自分の人生を少しでも前に進める手掛かりをつかめるのではないかと思います」

袖机の上に張られた「希望」の定義。

希望を生み出す3つの源

…希望のある人と希望を持たない人(あるいは持てない人)では何が違うのか、その差も少しずつ明らかになってきた。
何が希望を生むのか、希望の源には大きく3つの要素があると玄田教授は言う。
「ひとつは『選択可能性』です。
さまざまな選択肢を持ちうる人は、希望を持ちやすい傾向があります。
『選択可能性』を高めるのは、年齢あるいは時間であり、健康であり、収入もしくは仕事であり、教育も一つの要素です。
若くて健康で高い教育を受け、本人が納得できる仕事に就き、生活に十分な収入がある人は、希望を持ちやすいと言えます。
もちろんそれは一般的な傾向にすぎませんが、希望にこうした傾向があると知っておくことは、社会に希望を広げるために重要な知見になるでしょう」

2つ目の要素は、人と人との「関係性」だ。
「あなたは友だちが多い方だと思いますか?」という問いを、20歳から59歳の人に投げかけると、米国では40%が「多い」と答え、英国と中国でも、その割合はそれぞれ約30%、約25%となった。
対する日本は、「多い」と回答したのはわずか8%ほどに留まり、友だちが「少ない」「いない」という回答は60%を超えた。
「私たちが行った統計分析で、友だちが少ない人ほど希望を持ちづらいことが明らかになりました。
希望の対象となる『何か(something)』を見つけ、その『思い(wish)』を育み、『実現(come true)』に向けた『行動(action)』へと踏み出す。
そのいずれの段階も、人との関わり合いに大きく左右されます。
人との関わり合いを通じて『何か』を見つけて『思い』を育み、信頼できる人に背中を押され、勇気を持って『行動』へと踏み出していきます。
孤独な人はそもそも希望のタネを見つけることが難しく、『何か』や『思い』を持っている人も、孤立したままではそれを『実現』することは難しいと言えます。
日本で希望を持ちづらくなっているのは、日本社会に広がる孤独が一つの要因だと考えています」

希望を育む「関係性」について、玄田教授が注目していることがある。
「東日本大震災以降、『絆』の重要性に大きな注目が集まりました。
社会学では、『絆』には大きく2つの種類があると考えます。
ひとつが『ストロング・タイズ(強い絆)』と呼ばれるもので、家族や友人など日常的に緊密な交流がある人間関係を指します。
強い絆を感じて日々暮らすことは、安心感や幸福につながりますが、必ずしもそれが希望につながるわけではありません。もうひとつは『ウィーク・タイズ(弱い絆)』と呼ばれるもので、異なるバックグラウンドを持った人たちどうしの緩やかなつながりを指します。
自分と違う世界で生きる人どうしが出会うことで、普段の生活では気づかない新たな発見や刺激を得て、それが希望の芽になることが多いのです」

挫折が育む真の希望

希望を生み出す3つ目の要素として玄田教授が挙げたのは、「物語性」というキーワードだ。
希望とは、常に実現するものではない。
むしろ、「希な望み」という字が示すように、実現に至らないことも多い。
希望が叶わぬことは挫折になるが、その辛い経験を受け止め、プラスに転じることができれば、人は新たな希望を紡いでいくことができる。

その例として玄田教授が話してくれたのは、希望学の研究グループが長年訪ね続ける岩手県釜石市の物語だ。
「釜石では幕末に日本でいち早く製鉄が始まり、日本の発展にあわせて町も大きな賑わいを見せました。
戦後の復興でも大きな役割を果たし、1970年代から80年代にかけては新日鉄釜石ラグビー部が日本選手権7連覇という前人未到の偉業を成し遂げます。
島根県で生まれ育った私もとても勇気づけられました。
そのころ、釜石は紛れもなく地域の希望の星でした。
こうした栄光の影で、釜石は幾度もの苦難を味わっています。
1896(明治29)年と1933(昭和8)年には大津波に襲われ、戦争中は、米軍の艦砲射撃で町が壊滅的な被害を受けました。
そうした苦しみを乗り越えた釜石がラグビーで日本の頂点に輝いたストーリーに、多くの人が共感したのです」

ところが、その栄光も長くは続かない。
ラグビーで脚光を浴びた1970年代後半から、産業合理化の波を受け、町を支えてきた鉄鋼産業が少しずつ下火になる。
1989(平成元)年にはすべての高炉が休止され、多くの人が町を離れた。
だが、釜石の人たちは諦めない。
町の再生を懸け、製鉄に大きく依存していた産業構造の転換を目指して奮闘と続ける。
2000年代に入り、製造業出荷額がかつての勢いを取り戻しつつあったところに、東日本大震災で町は再び大きな打撃を受けた。
「それでも釜石では、希望を持って前に進もうとする人たちがいます」
玄田教授は、釜石で出会った人たちの顔を思い浮かべながら力強くそう語る。
困難な現状を前にして将来を諦めず、「思い(wish)」を別の「何か(something)」へと昇華あるいは転換させる。
それが、希望にとって大事なことなのだろう。

…高齢化や人口減少の進展を背景に、地方の再生に関心が高まっている。
釜石の人たちはなぜ、幾多の困難を前にしても、希望を育み続けることができるのだろうか。
玄田教授は、地方で希望をつくるうえで重要なポイントが3つあるという。
「ひとつは、対話による『希望の共有』です。
地域のこれからをどう思い描くのか。
それを地域住民どうしが対話を通じて共有することが重要です。
うまくいく秘訣は、最初から地域住民全員を巻き込もうなどと大きな目標を掲げ過ぎないことにあるようです。
70歳を超え、釜石で新たな事業に挑戦されているある経営者の方からは、『3人、分かってくれる人がいたら大丈夫だから』と教わりました。
肩肘張らずに、心から信頼し合える数人の仲間で対話を始め、それを少しずつ大きく育てていくのがよいのでしょう」

残る2つのポイントは、「ローカル・アイデンティ(地域らしさ)」を磨き続けることと、地域の中だけではなく外ともつながりを築くことだ。
「地域で変えてはいけないものは何か。
『希望の共有』だけでなく、何を変えずに残していくかを、地域の人たちどうしで確認しあうことも重要です。
希望は〈変化〉を前提にしていますが、不思議なことに、守り伝えるべきものが明確になってはじめて、変えるべきものが見えてきます。
町を愛する人たちが、守るべきものと変えていくべきものは何かを話し合うこと。
そこから見えてくることが、地域の歩む道標になります。
3つ目のポイントは、そうした対話を、地域の外の人とも進めていくことです。
『ウィーク・タイズ(弱い絆)』から生まれる新たな発見や刺激が、希望の芽を生み出すきっかけになります。
釜石の人たちも、熊本県水俣市をはじめ、各地の人たちとの交流を通じて、進むべき道を探り続けています」

そしてもうひとつ、釜石から教わった大切なことがあると玄田教授は言う。
「不況期に数億円の負債を抱え、苦境から再起を成し遂げた経営者の方が、こんな言葉をポツリとこぼされました。
『人生に棚からぼた餅はない。
動いて体当たりして、もがいているうちに何かに突き当たるものだ』。
この言葉に、希望のもっとも大切な要素が凝縮されていると言ってもいいかもしれません。
希望は誰かに与えてもらうものではありません。
自分で、あるいは自分たちの手で、紡ぎ育んでいくしかないのです。
誰かに希望を与えてもらおうという発想は、危険な結果をもたらしかねません。
第二次世界大戦でヨーローッパを戦禍に巻き込んだヒトラーは、第一次世界大戦の敗戦に苦しむドイツで、国民の希望を体現する指導者として登場しました。
苦しい状況で前を向くのは大変なことですが、希望を誰かに与えてもらおうという受け身の姿勢が、悲劇の歴史を生んだのです」
希望をいかにして自らの手で紡いでいくか。
そのヒントが、「希望学」にはある。
【取材・文:萱原正嗣/撮影:カケマコト】

情報源: こうして希望は育まれるー希望と向き合う社会科学ー

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