「危」を「機」に変える中国企業のデジタル変革

2020/05/01

要旨
・ 2003年のSARSの際に、中国の小売業やサービス業の企業は、ただ危機が過ぎ去るのを待つしかなかった。
17年経ったいま、デジタル変革を積極的に推進した中国の企業は、危機の中でただ待つのではなく、ビジネスのオンラインとオフラインの融合化(OMO)に積極的に取り組んで、リアル店舗が機能しない中でも売上をあげた。
・ 生鮮食品EC、ライブコマース、フード・デリバリーサービスがOMO戦略の代表的な事例だ。
1日100万元の売上を叩き出した企業もあり、苦境をうまく乗り越えた。
・ このようなビジネスモデルの転換が迅速に実現できたのは、デジタル技術の進歩による消費者体験の変化への洞察力、そして、テック企業と二人三脚で取り組んできたデジタル変革の結果だ。
・ 新型コロナウイルスの収束への見通しが立たない中で、今後も接触抑制施策が継続されると見込まれる。
人との接触の中でサービスを提供する小売やサービス業界は大きな変化を遂げつつある。
感染防止と経済活動のバランスを取るには、一歩踏み込んだデジタル変革が求められる。

「自粛生活」で変わる消費者の行動

中国では、感染経路を断ち切るために導入された厳しい外出制限策により、リアルな経済活動が一時期ほぼ中止に追い込まれた。
買い物はネット通販で、食事は出前といった形で、リアル店舗から人々の姿が消えた。
逆に言えば、中国で近年急速に進んだデジタル社会基盤が、リアル店舗への人々の押し寄せを防ぎ、結果的にウイルスの拡散リスクを低減させた効果もあったと言える。
スーパー以外のリアル店舗の営業継続がほぼ不可能の中、中国の小売企業は、デジタル変革を加速させた。
2003年のSARSの際には、企業はただ収束を待つしかなかったが、17年経った今、整備してきたデジタル基盤を活用し、売上の減少に歯止めをかけるよう、攻めに転じた。

データ駆動型の業務変革

テンセントが出資する中国小売大手の「永輝超市」は、1000以上のスーパー(店舗)を有しているが、アリババが展開する「盒馬鮮生(フーマフレッシュ)」と同じように、生鮮食品のEC(オンライン販売)に力を入れている。
自社アプリで注文を受け、短時間で配達する。
外出自粛期間中の1月24日から1月30日の1週間について、74店舗を持つ福州地区における注文は、去年の同時期と比べると6倍以上も増えたという。
同地区の永輝超市の生鮮食品宅配の件数は、1日30万件を突破したが、テンセントのクラウドシステムを導入したため、システムがダウンすることなく対応できた。
これを単に、日本でいう「ネットスーパー」と考えてしまうと、過小評価になってしまう。
生鮮食品は短時間の配達が求められる中、このような急激な注文増に対応できたのは、永輝超市が2年前から導入したテンセントクラウドのスマート・リテール・ソリューションがあったからだ。
まず、急な外出自粛で、顧客を如何に獲得できるのか。
数年前から、「永輝超市」は店舗運営において、テンセントのミニプログラムを活用して、消費者とのオンライン「接点」を増やすことに注力してきた。
2018年8月末時点で、既に850万人のデジタル会員を獲得できた。
次に、顧客を理解し、如何に商品を短時間で配達できるのか。
テンセントのデータ分析と可視化ツールにより、購買予測、消費者の嗜好分析、消費者の属性分析等ができるようになり、消費者の購買増に繋がった。
さらに、業務横断のデータ・ミドル・プラットフォーム(Data Middle Platform)の導入により、会員データ、商品データ、在庫データが連携され、受注から商品のピックアップ、配達までの業務の効率化も実現できた。
4月29日に永輝超市は第一四半期の業績を公表した。
一番外出自粛の影響を受けた時期にもかかわらず、5.68億元(約91億円)の純利益を実現した。
昨年の一年間の純利益は、5.64億元で、三か月で昨年一年間の利益を稼ぎ出した
新型コロナウイルスが発生する前から、積極的に取り組んだデータ駆動型の業務変革は、今回の思わぬ事態で実力を発揮できた(図)。

ライブコマースに続々と進出する小売企業

ライブコマース」とは、ライブ動画を見ながら商品を購入できる新しい形の販売方法だ。
ライブコマースの対象商品は、主に化粧品、ファッション、食品などの日用品が中心で、乾物や果物など地域の特産品も多く売られている。
いわゆるYouTuberやテレビ通販などとは大きく異なる特徴を持つ。
動画配信中に視聴者と双方向のコミュニケーションを通じて、視聴者が商品を深く理解することができる「臨場感」が商品の購入意欲を高められるほか、欲しい商品があればその場で注文できる。
このビジネスモデルは、ライブ配信のようなソーシャルメディア、eコマース、そしてモバイル決済が発達する中国のデジタル経済が生み出した独自のスタイルである。

外出自粛期間中、生鮮食品など人々の生活必需品以外の店舗が、ほぼ営業停止状態となった。
苦境を打開するため、リアル店舗を持つ小売企業が続々とライブコマースに進出した。
中国の研究機関iiMedia Research(艾媒咨詢)のレポートによると、2017年に中国のライブコマースの市場規模190億元(日本円で約3,040億円)だったのが、2019年には、4338億元(約6.9兆円)に急成長している。
この波に乗じ、2020年にはさらにその2倍以上の9,610億元を超える見込みである。

1995年創業の大手靴販売チェーンのセッコウ・レッド・ドラゴンフライ・フットウェア(以下「レッド・ドラゴンフライ」という)は、その1社である。
全国に4,000あるリアル店舗の収入が0になり、毎月の家賃等の固定費用が重い負担としてのしかかった。
2月8日、レッド・ドラゴンフライのCEOの钱金波氏が「ドラゴンフライ大作戦」と名付けたプロジェクトを急遽立ち上げ、オンラインへのシフトという戦略を打ち出した。
それまでレッド・ドラゴンフライのオンライン販売額は1日10万元もなく、ほとんどの売上はリアル店舗で稼ぎ出していた。
オンラインへシフトした1週間後の2月14日に、売上は初めて100万元を突破した。
外出自粛の影響を最も受けた2月において、1日当たりの平均売上は、200万元を超える好成績を達成できた。

レッド・ドラゴンフライの成功は、2018年からアリババクラウドと二人三脚で始めたデジタル化変革のおかげだ。
アリババクラウドは、デジタル変革を求める企業に対して、システムのクラウド化、顧客とのタッチポイントのデジタル化、業務のオンライン化、オペレーションのデータ化、戦略策定のスマート化といった五つのステップで構成されるニューリテールソリューションを提供する。
レッド・ドラゴンフライがまず取り組んだ第一ステップは、業務横断のデータ・ミドル・プラットフォームによるマルチチャネルの販売促進である。
オンラインチャネル経由のオーダーを、店舗の在庫から顧客の自宅に配送するというネットスーパーの延長線ではなく、オンラインからオフラインまであらゆるデータを活用することで、商品の補充から、レコメンド、商品の改良まで、今まで経験と勘に頼っていた業務を、人工知能やアルゴリズムで補助し、最適な解に導くことが可能となる。
今回の新型コロナ対応において、さらに以下の二つに取り組んだことで、大きな効果を上げられた。

(1)Dingtalkが顧客、販売員、企業を繋ぐ

まず導入したのは、アリババクラウドが開発したビジネス向けのコミュニケーション·コラボレーションプラットフォームDingtalkだ。
2月8日から2月15日の約1週間の間、レッド・ドラゴンフライの本社は、Dingtalkを活用して、加盟店や代理店と434回ものテレビ会議を実施した。
オンラインへのシフトの方針を約8,000名の販売員に一気に伝達し、それが迅速な対応に繋がった。
1週間の間、販売員は、各自が抱えている会員と500以上のチャット群を立ち上げ、数十万もの会員をカバーした。
これがスムーズにできたのは、コロナ前に、レッド・ドラゴンフライがDingtalkを活用して行ったCRMの取り組みだ。
顧客は、販売員が持っているDingtalkのバーコードをスキャンするだけで、レッド・ドラゴンフライの会員になることができ、しかも、この顧客の売上は当該販売員の業績に計上される。
販売員は、個々の顧客の嗜好を記入すれば、それも、システムに連携され、企業のデータベースに反映される。
この方法で、コロナウイルス発生前の段階で、100万人以上の会員を獲得できた。
この仕組みのおかげで、コロナウイルス発生後も、多くの顧客に接触できたといえよう。

(2)ライブコマースへの注力

リアル店舗で靴を試着できないという、オンライン販売による顧客体験の低下の課題を解決するため、銭CEOは、ライブコマースへの進出を決めた。
108名の店長を選び、ライブによる商品の宣伝に取り組んだ。
銭CEOが自ら出演した、ある朝10時から12時の2時間のライブは、43万5300人が視聴し、50万元(約800万円)以上の売上を達成し、当日の自社EC専門店の売上額が114%も増加した。

レッド・ドラゴンフライのような成功事例は、決して個別な事例ではない。
同じく深刻な影響を受ける旅行業界では、大手旅行会社Ctripの創業者梁建章も自らライブに出演し、3月23日の初回の放送で1,025万元ものホテルの予約を獲得した。
これにより、海南島のホテルの3か月分の空室を一掃した。
そのほかに、百貨店大手銀泰商業、アパレル大手Septwolves、家電メーカーハイアール、自動車メーカーのテスラ第一汽車など、様々な業界がライブコマースに進出した。
各社は、ライブコマースを自社デジタル変革の重要なツールとして活用して、顧客とオンラインでの接点を増やし、コロナ禍の中で生き残りにかけて必死に努力している。

日本企業への示唆:革新的な企業風土が「危」を「機」に変える

新型コロナウイルスとの戦いは、日本を含め世界各国がこれまで経験したことのないような難題である。
自粛後も営業している店舗に客が殺到し、短縮営業で逆に混雑を招く事態で、東京都は、「買い物を3日に1回程度に減らす」という異例な呼びかけを行ったほどだ。
一歩先に戦いを経験した中国企業のデジタル変革事例が、デジタル基盤の相違で、必ずしも日本ですぐに応用できるとは言えない。
ただし、これまで積極的に行ったデジタル・トランスフォーメーションが真価を発揮し、苦境の中でも、ただ待っているだけではなく、行動を起こし、危機を機会へ迅速に転換できた中国企業の取り組みは、アフターコロナの日本企業にとっても学ぶべきヒントが多く含まれる。
今回紹介した中国企業の例では、テンセントやアリババなどのテック・ジャイアントが提供するソリューションをフル活用している。
科学では革新的な進歩が起こることを「巨人の肩の上に乗る」(ニュートン)と表現することがあるが、自前主義が多いといわれる日本企業も、テック企業のサービスに乗ることで一気に事業の視野を広げる、という選択肢も考慮すべきである。
社会活動が再開された中国は、今でも顧客との接触を極力減らす「無接触サービス」といった取り組みが求められている
販売再開した小売企業も、店員の接客のみに頼るのではなく、顧客が欲しい商品が過不足なく揃え、個々顧客に合わせて適切に推薦するといったデータ駆動型の経営が求められる。
また中国が独自の「ライブコマース」を発達させていたことも参考になる。
5GやAR/VR等のデジタル技術の発展により、デジタルの世界でもリアルの店舗と同じような臨場感のある販売ができるようになる。
有名なインフルエンサーがわずか数分間で数万個の商品を一気に売るといった現象も実際に起きている。
リアル店舗の販売のみに頼る既存のビジネスモデルは、デジタルの時代の新しいプレイヤーにより、いつか破壊されるかもしれない。
イノベーションが活発でダイナミックな事業環境下では、次から次へと新たなビジネスモデルが生み出され既存のものが消えていく、ということでシュンペーターはそれを「創造的破壊」と呼んだ。
今回のコロナ禍のように変化が激しく先が読めない状況下においても、果敢にデジタル変革にチャレンジする革新的な企業風土こそが、「危」を「機」に変えるのである。

執筆者
李 智慧 未来創発センター
森 健 未来創発センター

情報源: 「危」を「機」に変える中国企業のデジタル変革

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