宮古島の「雪塩」、訪日客戻らない前提の生き方 | toyokeizai

2020/07/09 8:10 座安あきの

シャッターが閉まったままの店舗が多い国際通り=6月24日、那覇市(筆者撮影)

国内外からの観光客数が2019年に1016万人となり、初の1000万人超えに沸いた沖縄経済が一転、大きな痛手を被っている。
6月19日の移動制限解除後、街には観光客の姿が徐々に戻りつつあるが、以前の水準までの回復は当面厳しい。
飲食店や土産品店など小さな店舗は早々と閉店に追い込まれており、観光産業に依存する沖縄経済の脆さが露呈した。
地場を代表する企業の動きから、沖縄経済の今を3回の連載でリポートする。

インバウンドに依存した経済

那覇市内の観光地、国際通り。
都道府県をまたぐ移動自粛が解除されて以降、人通りはやや増えたものの、臨時休業を知らせる張り紙が貼られたシャッターの多くは閉じたまま。
国際通り商店街振興組合連合会によると、6月25日現在、営業再開したのは通り全体の3割にとどまる。
沖縄観光コンベンションビューローは沖縄を訪れる観光客が、トップシーズンとなる5~8月、前年同期に比べて285万人(77%)減ると予想
同じ期間の観光消費額の損失は2240億円に上ると推計している。

感染者の増加で、大型イベントの中止が続々と発表されていた2月中旬、宮古島を拠点に「雪塩」ブランドの製塩事業を手がけるパラダイスプラン(本社・沖縄県宮古島市)は、国際通りとその周辺に展開する塩専門店「塩屋(まーすやー)」5店舗のうち、本年度中に2店舗の閉店を決めた。

「逡巡してはいけない。
撤退のときこそ勇気だ」──。
パラダイスプランの西里長治社長(52歳)は、国の補助制度の活用を含め、億円単位に上る運転資金の調達を急ぐと同時に、店舗縮小の手続きを加速させた。
東京都が感染爆発への警戒を呼び掛けた3月末には、東京の麻布十番店と宮古島市内の店舗を閉じた。 

ビーチの目の前にある「雪塩ミュージアム」=6月11日(筆者撮影)

店舗展開のターゲットにしてきたところはどこも、観光客の利用を想定した立地が中心。近年はインバウンド客が急増し、6割以上を占めるまでになっていた。
2014年度と2018年度を比較すると、沖縄を訪れる国内客が13%増なのに対し、インバウンド(訪日外国人観光客)は3倍に急増した。
消費額の面での貢献度も大きい。
県内総生産(消費支出)に対するインバウンド消費額の割合は沖縄が6.5%で、京都(4.1%)や大阪(3.4%)、東京(3.2%)を上回り、日本全国で最も割合が高い。
インバウンド消費の恩恵が首都圏や都市部に偏る中、沖縄の誘客力は地方の中でも別格だった。

「塩屋(まーすやー)」の魅力は、なんといっても商品開発と提案力にある。
売り場には、「雪塩」だけでなく、国内外から集めた塩のほか、料理や食材に合うよう研究開発した合わせ塩など650種類のアイテムがそろう。
同社は、塩に関する専門知識を有する「ソルトソムリエ」の資格制度を独自に設け、スタッフを育成。
顧客との対話の中から好みを引き出し、食卓を豊かにするアイデアを提供、固定客を増やしてきた。

それだけに、急激なインバウンド需要に従来のマーケティングが通用しないジレンマを抱えた。
国や地域、年代によって好みや求めるものが異なり、十分に対応しきれない。
西里社長は
「商品づくりで、どこを向けばいいのかわからなくなっていた」と明かす。

宮古島のものづくりの発信拠点「島の駅みやこ」で取材に応じる西里長治社長=6月11日(筆者撮影)

コロナ禍によって消滅したインバウンド客は
「3年は戻らない」と西里社長は見ている。
店舗展開では現在の15店体制から11店に縮小しながら、
「固定費のかかるリアル店舗の展開を根本から見直していく」と話した。

起業の原点、「島の活性化のため」

世界的なパンデミックによって、経営の足元は大きく揺さぶられたが、地域の人々の暮らしを守る観点においては、観光のあり方を問い直すチャンスにもなった。

西里社長が、沖縄本島で5年勤めた農協を退職した後、故郷の宮古島に戻り起業したのは26歳の頃。
「宮古島に観光客を呼び、島全体を活性化させるため」だった。
サトウキビくらいしか産業のない貧しい島。
進学のため島を出ざるをえない若者が、就職で再び戻ってこられるようにしたいと、起業を目指した。

製塩事業の開始から20年あまり。
今では海岸沿いの「雪塩ミュージアム」に年間13万人の観光客が訪れる。
雇用面では、社員170人のうち、進学や就職などでいったん島を出て戻ってきた宮古出身者が120人を占めるまでになり、目的はかなえつつある。
だが、過去5年ほどの間に宮古島を襲った開発投資とインバウンドの大波に、西里社長は強い危機感を覚えていた。

伊良部大橋から見渡す“宮古ブルー“の海。
2015年に開通し、ホテル開発が急増するきっかけとなった=6月11日(筆者撮影)

宮古島の観光客数は2018年度、114万人となり、初めて100万人の大台に乗った
クルーズ客の増加も顕著で、同年度は24.7%増の45万4157人。
小さな島の限られた観光地に団体客が大挙して訪れ、地域住民はオーバーツーリズムへの警戒感を強めた。
さらに、観光需要をあて込んだ不動産開発にも拍車がかかり、住民の転居や新築需要を阻害、暮らしを圧迫していた。

「子どもの代にわたっても潤い続けられるように、短期的な投資ではない、きちんとプロセスを踏んだ発展じゃなくてはいけないと思っていた。
コロナによって破裂寸前の島の経済をガス抜きしてもらった」と、西里社長は危機感と安堵入り混じる複雑な心境を吐露する。

本年度中の共用開始を目指して建設中のクルーズ船ターミナル=6月12日、市平良(筆者撮影)

既存の流通システムからの脱却

資源も規模も限られた島嶼地域にとって、持続可能な発展は永遠のテーマ
パラダイスプランが取り組んできた地元生産者を助けるもう1つの事業の柱に、西里社長のいう「プロセスを踏んだ発展」の答えがありそうだ。

山のない平坦な地形の宮古島は島全体の半分を耕作地が占め、沖縄県内の耕作地の3分の1を賄う食糧生産の島。
基幹産業のサトウキビは県全体の生産量の4割に上り、野菜や果物など拠点産地作物の品目も増やしている。

機上から見下ろす宮古島の市街地と農地=6月11日(筆者撮影)

島の農作物は亜熱帯の気候ならではのおいしさや品質のよさがあるが、通常のルートでは、価格競争にさらされ、それが生産者の収入に直結する。
西里社長は商品価値が「一般化」される既存の流通システムからの脱却を模索してきた。
「農業を強くすること、生産者を豊かにすることが、宮古島を強くすることだ」と考えていたからだ。

その1例が、同社の手がける「宮古島メロン」。
冬でも温暖な気候を生かして栽培する国内最南端の「冬場のメロン」として独壇場の市場をつくり出した。

ミネラルとカルシウムが豊富な琉球石灰岩の土壌で育ち、甘みと香りが強いのが特徴。
最盛期の12月〜2月は、新型コロナによる観光客激減の時期と重なったが、影響はほとんどなかった。
地元客と県外からのネット注文で1玉2000円、合計3500万円分を売り切った
「店頭に並べば5分でなくなるほどの人気。
1億円分作ればその分売り切る自信がある」と西里社長はいう。

「島の駅みやこ」の店頭に並ぶ宮古島メロン(写真:パラダイスプラン提供)

卸売市場を通して取引されていた頃は、売値は現在の半値ほど
「自分たちでブランドを立てれば、もっと値がつく」と奮起したのは3年ほど前。
現在18軒の生産者を束ねて「メロン部会」を組織し、栽培や販売方法の勉強会を重ねている。
宮古島市内で運営する特産品販売所「島の駅みやこ」と専用サイトを通して消費者に届ける「直売機能」を構築。
ブランド認知を広げ、生産者の収入は倍増した。

渡航自粛の中で底力を見せつけた

一度、島を訪れた観光客が、自宅から特産品を購入する形で島に“戻ってくる“という循環は、渡航自粛のコロナ禍で島の経済を潤し続ける底力を見せつけた

生産者でつくる「メロン部会」のメンバーと西里長治社長(前列左)=同社提供
「宮古島を世界中に広めたい」「島の未来に関わる仕事がしたい」──。

西里社長のビジネスの原点はここにある。
形態は異なるが、「塩屋(まーすやー)」や「島の駅みやこ」でわかるように、自社商品を超えて、生産者や地域全体の成長を支える「仕組みづくり」が、パラダイスプランの成長戦略。
コロナを経験した西里社長の経営の判断軸に、事業存続につながるヒントがあるのかもしれない。

情報源: 宮古島の「雪塩」、訪日客戻らない前提の生き方 | コロナ後を生き抜く

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