土屋鞄のバッグが「高くても売れる」納得の理由 | toyokeizai

2020/09/29 16:00

土屋鞄が展開する「大人向けバッグ」(写真:土屋鞄製造所)

新型コロナウイルスの影響による外出自粛やリモートワークの浸透で、消費者の意識は大きく変わった。
食品など「巣ごもり系」が売り上げを伸ばす一方で、外出時を彩る衣服や美容などの「着飾り系」は総じて振るわない。

社内や取引先との会食機会も減り、例えばアパレルは「安くて機能的なユニクロとジーユー(GU)があれば十分」という声が高まるほどだ。

だが、こんなご時世でも「高くても売れる」ブランドがある。
ランドセルで知られる土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)の大人用バッグや革製品だ。

コロナ禍における業績も、数字は非公表だが「ほぼ前年並み」だという。
こんなご時世に、なぜ消費者の支持を集めるのか。
同社の活動事例をもとに購買心理を考えてみた。

13万円以上の値をつける「大人ランドセル」

土屋鞄の活動は3つの「意外性」で興味深い。
まずはこの視点から見てみよう。

(1) あくまでも「革製」中心にこだわる
(2) 高額商品が多い
(3) 東京の中心部に「都心店舗」を展開

1965年にランドセル職人が立ち上げた工房を発祥とする老舗メーカー(創業55年)なので、長年こだわる活動もあれば、近年力を注ぐ活動もある。
意外性として「革製」を挙げたのは、現在のバッグの主流は、軽くて安価な布製やナイロン製だからだ。

(1)と(2)を象徴する人気商品が「大人ランドセル(OTONA RANDSEL)」だ。

創業50周年の2015年11月に記念商品として発売後、販売を続ける。
発売時は話題を呼び、筆者も新聞メディアなどに寄稿した。
現在の価格は13万2000円(税込み。以下同)からと高額だが、A4サイズのファイルやノートパソコンが入り、使い勝手も追求する。

2020年3月には防水レザーで仕立てた大人ランドセル(ネイビー)も発売した。

「このシリーズでは4年ぶりの新型です。
雨や汗を気にすることなく使用できるよう、メイン素材に『防水スムースレザー』を用い、よりビジネスシーンで使いやすい仕様にしました。
発売後も好調で、7月には新色チャコールグレーも投入しました」(広報担当者)

高くても支持されるのは、まず「品質のよさ」と「使い勝手」だろう。
その軸足には、小学校の6年間で身長も体格も変わる、子ども用ランドセル(6万4000円から)で培った技術やノウハウがある。
子どもなので高価なランドセルを投げたり、枕代わりにしたりする子もいる。

大人向け商品の購入者の中には「子どものランドセルで土屋鞄を愛用していて、ランドセルの丈夫さ・背負い心地を知っていたので大人用を買ってみた」人もいる。

トライアル商品として人気の「小型財布」

いきなり10万円を超える革製バッグではなく、身近な革小物から入る人も多い。
代表例が「ディアリオ ハンディLファスナー」という小型財布(1万2650円)だ。

「当社が展開する50型以上のお財布の中で、人気が高いアイテムです。
キャッシュレス化の動きを受けて、小型財布の人気が高まっており、それに応えた商品です。
お客さまの中には『ECの再販で何度も買えなくて、やっと買えた』という方もおられます」(同)

バッグメーカーが小物を展開するのは、レストランに例えれば「高額なディナーを楽しむ前に、ランチで味を知ってほしい」戦略といえる。

購入客からは「手におさまる大きさで、ポケットに入れても目立たない」
「小さい中に、お札・小銭・カードもすべて収納でき、取り出しやすい」という声が寄せられた。

「小さい」と「お札・小銭・カードが収納」が、現在の消費者心理に合っているのだろう。数年前に財布の企画をビジネス誌で行い、利用者に取材したことがある。当時からミニ財布人気が高まり、お札を折らずに入れられる長財布にも固定客がついていた。

現在はキャッシュレス化が進んだが、まだ現金対応のみの店や施設も多い。一方で、かさばる小物を持ちたくない人は増えた。その意味で同商品の使い勝手はよさそうだ。

8月1日、同社は都心で4店舗目の新店をオープンした。
場所は、六本木・東京ミッドタウン(以下、六本木店)だ。
大人向けバッグを中心に、財布や定期入れなども揃える。

執行役員・KABAN事業本部長の丸山哲生氏はこう説明する。

「昨年秋に開業したコレド室町テラス、渋谷スクランブルスクエアに続く、都心の商業店舗への出店です。
当初は5月のオープン予定でしたが、この店ならではの特徴があります。

六本木店では、オリジナルの革製ハイチェアに座り、商品を選べる『個別接客カウンター』があります。
当社商品の修理やメンテナンスサービスを行う『クラフツワークスタンド(CRAFTSWORK STAND)』も備えました。
革製品のお手入れ方法もご案内でき、『販売』だけでなく『使う』にも寄り添えます。
末永く革製品と向き合っていただける態勢にしました」

丸山氏は、建築設計事務所を経て2012年に土屋鞄製造所に入社。
店舗開発や人事総務、販促企画を担当後、現職についた。

「革製品と向き合う」
「販売後も寄り添う」は、近年の同社が注力する手法だ。
それをコロナ禍の状況も踏まえて活動を深める。

「オンラインでの交流では、今年は、外出自粛の時期に、自宅で手縫いを楽しめるものをという気持ちを込めて『ホームクラフトキットコースター』を用意。
インスタライブでリモートワークショップを開催しました。

また、お出かけの不安を少しでも減らせるよう、ランドセルや革製バッグにも使える抗ウイルススプレー『ロクエイチアールドット(6hr.)』の商品販売も開始しました」(丸山氏)

新規客を「顧客」にする取り組み

一連の活動に共通するのは「新規客を顧客にする」取り組みだ。
どの業界や会社でも行う顧客化だが、土屋鞄は「点」ではなく「線や面」でつなげようとする。

例えば、商品の興味への入口は、「店舗」「手軽な商品」(ミニ財布)「他の顧客の評判」(子ども用ランドセル→大人ランドセル)などがあり、どこから入ってもよい。

購入後もお客に寄り添う「お手入れ」案内を、店舗やSNS、Webコンテンツで行う。
オンライン情報の発信に積極的な同社だが、当初から綿密な計画を立てたのではないだろう。
多くの小売業と同じく営業自粛中は、実店舗の売り上げはゼロとなった。

「六本木店を営業して、通りがかりでブランドを認知される機会も増えたと感じています。
そこで店舗では『革の質感』や『背負い心地』などを試していただく。
サイズや重さなどのスペックはオンラインでも表示できますが、『意外に軽い』『チャックの出し入れがスムーズにできる』などの使い勝手を感じていただけるのは、店舗ならではです。

コロナ以前から、実店舗がブランドのショールームの位置づけになったのを感じています。
お客さまの中には、当社商品を修理に出すタイミングで来店され、その際に別の商品も気になってご購入いただいた男性もおられました」(同)

昨秋に日本橋室町や渋谷に出店した当時は、外国人観光客にも訴求できたが、コロナ禍では当面期待できない。
となれば、常連客づくりがより大切となるだろう。

「ブランディング」をやりすぎると引かれる

土屋鞄が地道な「職人の工房」から現在の姿に成長したのは、この10年だ。
近年は特に入学のかなり前から子ども用ランドセルを選ぶ「ラン活」、大人には「大人ランドセル」が起爆剤となった。
ECにも注力し、コロナ以前から「オンライン販売が4割」だったという。

「ランドセルも、この数年は実店舗で背負ってみて、ご自宅で最終決定をし、ECで買われる方が増えています。
大人向け商品にもその傾向があり、オンライン・オフラインそれぞれの特色を生かした訴求や交流に力を入れています」(広報担当)

現在の好調さにはブランディングの成果も大きい。
ただし、多くの企業を取材して感じるのが「それをやり過ぎると世間は引く」ことだ。

ここは、あえて指摘しておきたい。

ウィズコロナで「外出」に特別な意味が出てきた。
筆者は今後、一部の行動は「昔の日本に近くなる」と思う。
昭和の高度成長期には「一張羅」(いっちょうら。特別な衣服)という言葉もあり、人々は休日の百貨店には一張羅を着こんで出かけ、買い物や食事を楽しんだ。

リモートワーク中心で通勤しなくなるとバッグの利用頻度も減る。
そうなれば消耗品から嗜好品に意識が変わるかもしれない。

こうして考えると、「1万円で買える時代に10万円支払っても欲しい」という意識は、お気に入りの自転車選びに似ている。
修理してでも長く使いたいのは「人生」を投影するからだ。
そうした消費者と真摯に淡々と向き合うことで、送り手の好感度も高まっていく。

情報源: 土屋鞄のバッグが「高くても売れる」納得の理由 | 専門店・ブランド・消費財

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