「産直SNS」は、農業・漁業を蘇らせるか

2020.10.8 4:05

食に関する情報発信はどう変わるのでしょうか Photo:PIXTA

全国の農家・漁師から直接食材を購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」がいま急成長を遂げている。
本年2月時点で約5万人だったユーザー数はコロナ禍の半年で22万人を超えた。
この急成長の肝になっている要素の一つが「発信」である。
ポケットマルシェ代表取締役CEO・高橋博之さんは先般、Twitterフォロワー数が23万人を超える田端信太郎さんをコミュニケーション戦略顧問に迎え、農家や漁師の発信力を強化し、新たなインフルエンサーを次々誕生させている。
ここでは、ポケットマルシェの活動が共感を生む要因と、ビジネスにおける発信の意義について話を聞いた。(ライター 正木伸城)…

高橋 …台風一つで作物は台無しになる。
そんな“なまのもの”を消費者がスマホの充電みたいに食べて消費する社会って、僕は嫌で。
それは「生きる」リアリティーの喪失につながっていると思います…

「食」は最強のコンテンツビジネスである

田端 極端な話、食べ物がガソリンみたいなコモディティになってきてるんです。
足りなくなったから給油しよう、みたいな。
まだ今は「どこ産の野菜かな?」って表示を見たりしますけど、ガソリンって「どこ産」とか気にしないじゃないですか。
「きょうは贅沢にハイオクだ!」ってならない。
でも一歩間違うと食べ物だってそういう扱いをされかねない。

一方で、ワインが良い例ですが、ワインって産地や発酵・ろ過のプロセス、ブランドや何年物とかに関心が向けられますよね。
農作物だって、そういうブランディングができるはずなんです。
ビジネスとして第一次産業はポテンシャルを持っていると感じます。…

田端 食べること自体、また、食べ物の価値を知って味わうこと自体が最強のコンテンツビジネスなんですよ。
野菜にしろ魚にしろ、まったく同一のものって存在しないですよね。
一つ一つに個性があるし、作り手にも個性がある。これまでは規格外のひん曲がったキュウリとかって市場に出られなかったですけど、それだって「とぐろを巻いてるキュウリ」くらいになれば、それがもうブランドですよ。
買えないですもん、他で。
規格外のものを不良品と思うか個性と思うかですよね。

仮に「とぐろ巻いてるキュウリの方がビンに入れやすくて浅漬けにしやすいし、うまいんです」ってストーリーが伝えられたら、つまり「ならでは」の伝え方ができたら、それはすでにブランディングの武器なんです。…

もしワインがガソリンみたいに「リッター何円」で売られてたら、どうですか? 
野菜なんかは、そういう感覚で売られている側面があると思う。
それは、大量パッケージ化に規格が役立つからでもあるし、農家の人も規格に合わせようとして作っているからでもあるでしょう。

でも、これは誰が悪いという話ではなくて、僕がしているのは、それが是とされていた時代から、これからは形も質も差別化してコンテンツにしてやれる時代になるよ、というかそういう時代にしようよってことです。

「生産者と消費者」を「人と人」の関係にするSNS

高橋 たとえばご年配の方がポケマルを通じて、生産者と「こんな豊かな人間関係が作れたのか」って言ってくださるんです。
消費者が生産者を気にかけたり、逆に生産者が消費者に声をかけたりしている。
喜びや悲しみを分かち合う関係性の大切さは今も昔も変わりませんが、ポケマルで老若男女がそういったウェットな関係性を築いていけているのがうれしいです。
ポケマルは「産直SNS」のような役割を持っていて、それが魅力だと田端さんから教わりました。

田端 「End to End」のSNSという話です。
会社と顧客、売り手とお客さんといった関係でつながるビジネスツールとしてのSNSではなく、ほんとうの意味で人(=End)と人がつながるSNS。
「昨日の台風、大丈夫でしたか?」って消費者と生産者がやりとりするって、もう消費者/生産者の関係ではないんですよね。
人と人の関係になっている。
生産者から消費者が作物を買ったときに、届いた段ボールの中に手紙が添えられてた、みたいなことがポケマルではすでに自発的に起こっています。

これって、規格の流通ラインでは起きないし、ある種「非効率」でもある。
でもそこに人は価値を感じるんです。
農家の人も、作るだけでなく、売り手として買い手の心が温まることをし始めている。

――以前、田端さんは「生産者に販売者目線がないことに驚いた」と仰っていましたね。

田端 ノリ漁師さんが言ってたんです。
極寒の早朝の船の上で「いやあ、作るより売る方が大変なんですよね」って。
僕としては「いやいやいや、売るより作る方が大変ですよ!」って話なんですけど、漁師さんにとって売り手の観点は視界の外だった。

でも、ユニクロで服を買うときに生産地なんて気にしないじゃないですか。
販売者(社)である「ユニクロ」にだけ着目するのが大方です。
同じように、買い手は「魚沼産」といったところまでしか着目しない。
それだからか、農家や漁師の人も、自分の採ったものが「どこどこ産のものとしてどう販売されているか」にそれほど関心がなかった。

僕は生産者が販売者であっていいと思うし、そういうスタイルでこそ、作り手の「こだわり」だってより主張できる。
生産者と消費者の間にドラマも生まれる。
高橋さんが言う、「生きる」リアリティーの再生にもつながる。

農業・漁業の担い手不足や高齢化解決のカギは「エンタメ化」にある

高橋 ポケマルに登録している生産者の中に、何人か元サラリーマンがいるんですけど、彼らが「これまでは組織の歯車としてシステムの一部しか動かせなかった。
でも今は、全部動かせる」とうれしそうに言うんです。
作って、加工して、販売するところまで全部です。

ネルソン・マンデラ(アパルトヘイト撤廃に尽力したノーベル平和賞受賞者)が「私がわが魂の指揮官なのだ」という箴言を残していますが、自分の人生を自分で動かし、自分を指揮するって幸せだなと思うんです。
田端さんが言ってくれた「生産者が販売者であっていい」という、まさに値段をつけて売るところまでを農家や漁師ができたら、彼らはもう指揮官なんですよ。

高橋 …世間には、「自然に近い暮らしをしている人たちは遅れている」みたいな感覚が確かにある。
この壁は簡単には壊せないです。
だからこそ「発信」を通して、農家・漁師の「楽しい!」を伝えたいんです。
農業・漁業は担い手が不足し、高齢化していて大変ですけど、それを「大変だ」って伝えるだけじゃダメで、ある意味でエンタメ化して伝えなきゃいけない。
「楽しそう」というところに人は集まるから。

田端 農作物にしろ何にしろ、安定供給されるとクリエイティブさって見えにくくなるんです。
たとえば堀江さん(=堀江貴文さん)がプロデュースされてる「WAGYUMAFIA」って、時々チャンピオン牛を落札して仕入れて絞めて、後日、会員で食べるんです。
その牛は安定供給されないものだから、逆に価値が出る。
しかも会員は自分たちが絞めたものとして食べるから、ある意味で牛の命に対する感覚だって変わってくる。
神聖さというと大げさですけど、ありがたみというか。
そういうことってハンバーガーの肉では起こらないし、その一連の動きってやっぱり楽しいんですよね。…

――生産者は「発信する=特別なこと」と思ったりしませんか?

田端 ITから遠いと思っている人は多いです。
だからこそ、いま全国に向けてエンパワーしています。
発信は誰でもできる。
皆さん「いやあ、発信っていっても何を書いたらいいかわからないし」って言いますけど、全然そうじゃない。

そこを戦略顧問としてレクチャーしていますが、とりあえずやってみたらいいと思う。
皆フォロワー1桁から始めて、炎上することもまずないし、失敗したって大したことは起きないんですから、どんどんトライ&エラーしてほしい。
発信自体が価値をもつし、現実に影響を与えるのは確かですから。

情報源: コロナ禍で急成長の「産直SNS」は、担い手不足の農業・漁業を蘇らせるか

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