ドラッカーの警告、正しくやるから日本は変革できない | 日経ビジネス

2021年1月25日 2:00

デビッド・ティース(David J.Teece)
米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授。
1948年生まれ。
75年米ペンシルベニア大学で経済学の博士号を取得(Ph.D.)。
米スタンフォード大学、英オックスフォード大学を経て82年から現職。
産業組織論、技術変革研究の世界的権威で、200本以上の論文を発表。
特に1997年発表の論文で提唱した「ダイナミック・ケイパビリティ」の概念は大きな反響を呼び、今も数多くの研究者が理論化に取り組んでいる。

「ダイナミック・ケイパビリティ」の生みの親、米カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・ティース教授のインタビューをお届けする。

――ティース教授が提唱された「ダイナミック・ケイパビリティ」への関心が高まっています。
ダイナミック・ケイパビリティは、直訳すれば「動く能力」となりますが、論文などを拝見すると、「組織が変化する能力」と言い換えられそうです。

「私が提唱するのは、単なる変化ではない。正しく変化することだ」

『正しく変化する能力』――。これをダイナミック・ケイパビリティと呼びたい

――具体的にはどのような能力を指すのでしょうか。

「解明するには時間がかかる。
簡単にできることなら、とっくに誰かが解明しているはずだ」

――確かに、ダイナミック・ケイパビリティの概念は、1997年にティース教授が発表して以来、今なお、世界中の経営学者がさまざまな切り口から論じ、研究が続けられていて、未完成ともいえます。
それだけ重要であり、複雑です。

「私が敬愛するピーター・ドラッカーは、こんな言葉を残した。
正しくやることが重要なのではない。正しいことをやるのが重要なのだ』*」

* 『現代の経営(下)』(上田惇生訳)には、「重要なことは、正しい答えを見つけることではない。
正しい問いを探すことである。
間違った問いに対する正しい答えほど、危険とはいえないまでも役に立たないものはない」とある。

――変化するにあたっても、「やり方」を変えるのでは不十分である。
「やること」を変えろ、ということですか。

「例えば、俊敏さ、すなわちアジャイルが大事なのは、分かった。
よし、素早くやりましょう、となったとする」

「では、何を素早くやるのが正しいのか」

日本はこれまで、物事を『正しくやる』ことで成功してきた。
トヨタ生産方式は、物事を正しくやるシステムだ

「しかし、『正しいことをやる』というのはまた別の問題で、イノベーションや知識創造に関わる。
どうイノベーションを起こすか

日本はずっとそれが課題だといわれてきた」

「そんな日本に今後、必要なのが、ダイナミック・ケイパビリティの開発なのだ」

「正しくやる」の限界とは?

――「正しくやる」ことと、「正しいことをやる」ことの違いについて、教えてください。

「日本は、効率を上げることについて素晴らしい能力を持っている。
これを『オーディナリー・ケイパビリティ』と呼ぶ。
物事を『正しくやる力』だ」

「日本を研究すると、ダイナミック・ケイパビリティ(正しいことをやる能力)と、オーディナリー・ケイパビリティ(正しくやる能力)の違いがよく分かる」

「もちろん、日本にも素晴らしいイノベーションは起きているが、まだ足りない。
デジタル革命を見なさい。
日本には、グーグルもフェイスブックもネットフリックスもない。
アップルもない。
欧州はというと、スポティファイがあるが、それぐらいだ」

「日本の問題は、ベンチャーキャピタルが少ないことではない。
もちろん日本のベンチャーキャピタルは、米国より少ないが、(日本からグーグルやフェイスブックのような会社が生まれないのは)そのためではなく、ダイナミック・ケイパビリティの問題だ。
次にくる大きなうねりを見つけ出す能力が足りないのだ」

――「正しいこと」をやるにはまず、次にくる大きなうねりを見つけ出さなければならないわけですね。

「アップル創業者のスティーブ・ジョブズはマッキントッシュを生み出した」

――1984年に発売され、世界中で話題をさらいました。

「それで経営が安定し、周囲の人が『次は何をするのか』と聞いたとき、彼はこう答えたという。
『私は自分の時間を、次のビッグなことを考えるのに使う』と。
彼の『ビッグなこと』とは、iPodであり、iPhoneであり、iPadであった」

――マッキントッシュは程なくして深刻な販売不振に陥り、ジョブズはアップルを追われます。
しかし、ジョブズはアップルに復帰し、正式にCEOに就任した2000年以降、iPod、iPhone、iPadを形にして、世に出しました。
着想から実現までには時間もかかります。

重要なのは、これらのすべての『ビッグなこと』を一緒に成し遂げるエコシステムだ
このようなエコシステムを構築する能力が、ダイナミック・ケイパビリティだ」

――ダイナミック・ケイパビリティには3つのプロセスがありますね。
第1に、事業機会や脅威を察知する「センシング」。
第2に、察知した事業機会や脅威に対応してリソースを動かし、競争優位を獲得する「シージング」。
第3に、競争優位を得た後も変容を続ける「トランスフォーミング」。
このプロセスを推進するには、エコシステムを構築する必要がある
、というわけですね。

銃弾一発ごときで、イノベーションは起きない

「空港などの書店にいくと、マネジメント本のコーナーがある。
そこに並ぶ本は大抵、『銀の銃弾(silver bullet/特効薬)』を売りにしている。
改善に役立つ1つの小さなコツを取り上げている」

「だがダイナミック・ケイパビリティに『銀の銃弾』はない。
さまざまな異なる弾丸を、どのような銃を使って、どのように撃つかについての概念であるからだ。
複雑で難しい」

「ダイナミック・ケイパビリティとは、要するにモノの考え方であり、新しい思考法だ。
私は『メンタルモデル』と呼んでいる」

「我々は大学で、ダイナミック・ケイパビリティをうまく教えることができずにいる。
それは、多くの異なる知の要素を組み合わせなければいけないからだ。
大学というのはすぐ、分野別に分けたがる。
マーケティング、戦略、組織行動、そして会計といったふうに。
だが、ダイナミック・ケイパビリティにおいては、すべてをまとめて考えるということが極めて重要なのだ

――銃弾一発ごときでイノベーションは起きない、と。
ティース教授自身も、経営学のさまざまな分野の研究者と交流し、相互に刺激し合いながら理論を発展させていますね。

「例えばドラッカーは私の憧れであったし、直接、語ったこともある。
彼は、経営学界には片足だけ突っ込んでいた感じで、主流派の研究者たちは彼をまともに取り上げなかった。
だが、私や(一橋大学の)野中郁次郎教授(現名誉教授)は、彼の議論をとても重視した」

――ティース教授と野中教授、「両利きの経営」のチャールズ・オライリー教授の3人は、特に交流が多いと聞いています。

「スタンフォード大学のオライリー教授はかつて、バークレー(カリフォルニア大学バークレー校)で博士号を取得した後、しばらくバークレーで教壇に立っていた時期があった。
しかも、オライリー教授と同時期にバークレーで博士号を取得した野中教授が、バークレーの客員教授として滞在していた。
私たち3人は(同じ大学に所属する)研究仲間だった」

「オライリー教授は組織行動論を研究し、野中教授は当時、マーケティングを研究していた。
そして私の専門は戦略とイノベーションだった。
ダイナミック・ケイパビリティはまさにこれら――組織行動論とマーケティング、戦略とイノベーション――を組み合わせるもので、私たちは互いの研究を尊重し合っている」

「野中教授はその後、知識創造理論を打ち立て、イノベーションの分野に入った。
オライリー教授はアジャイル経営、すなわち素早く動く組織について研究する。
しかし、素早く動くにしても、動く方向について戦略がなければいけない」

大ざっぱな理論でも、正しい答えは出る

――「ダイナミック・ケイパビリティ」の「ケイパビリティ」は、「潜在能力」のことを指しますね。
経営学でも経済学でも使われる概念です。

「だがダイナミック・ケイパビリティは教科書に入っていないし、大学で教えられていない。
それは(人や組織の)ケイパビリティ(潜在能力)について、数学的に美しい理論をつくるのが困難だからだ」

「私も洗練された数理モデルは好きだ。
しかし、理論は、機能するものがいい、意義のあるものがいい。
正しい答えに近づけるようなモデルが欲しい。
数学的に美しいモデルから導き出される間違った答えは必要ない

実際には、大ざっぱなモデルから、十分に正しい答えは得られる。
その方が分かりやすく、使いやすい

研究者は今、数学的には美しいものの間違っているようなモデルを、たくさん使い過ぎている」

「ノーベル経済学賞を取るためには数学的に美しくなければいけないからだろうか。
だとすればこれは、ノーベル賞の抱える問題点の1つだろう。
形式化ばかりを重視してやってきた。
モデル化させた方が、そうでない場合より9倍はノーベル賞受賞のチャンスがあるのが実情だろう」

――経営学には、そもそもノーベル賞がありません。
ノーベル賞を受賞するような経済学者は、ダイナミック・ケイパビリティに関心がないのでしょうか。

「ケイパビリティという概念は、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センという経済学者も使ったが、経済学の専門家の大多数は、ケイパビリティ(潜在能力)に興味がない。
だが、ジョージ・アカロフ米カリフォルニア大学バークレー校経済学部教授(*1)や2017年に亡くなったケネス・アロー(*2)は、(ケイパビリティの)格差について理解していた。
彼らは経済学者の中でもトップ中のトップだ」
*1 情報の非対称性に関する研究で、2001年、ノーベル経済学賞を受賞。
*2 一般均衡理論の業績で、1972年、ノーベル経済学賞を受賞。

――理論には組み込まれていないということですね。

「現在の経済理論のモデルには、ケイパビリティを加える余地がない。
ケイパビリティを考慮すると、既存のミクロ経済学理論の半分以上が無意味になってしまう。
というのも、ほとんどの経済理論は、『ケイパビリティは重要ではない』という仮定の上に立ち、(競争する企業の間で)異なるのは『行動』に関係する断面のみであるとしているからだ」

経営学にもベンチャー精神を!

――組織の「行動」にしか着目してこなかった学者たちに、「潜在能力」に目を向けるように迫るのが、ダイナミック・ケイパビリティ。
経済学と経営学の垣根を超え、組織を研究する学問領域を大きく変革する挑戦です。

「ビジネスの変革がホットな話題であるのと同様、学問の分野を変革するのもホットだ。だからこそ、そこで同じ問題が起こる」

――既存事業と並行して、新規事業を立ち上げることが難しいように、既存の学問の枠組みが残る中で、新しい学問領域を開拓していくことには、ベンチャー精神が必要です。
ティース教授は自ら起業した会社の経営にも携わり、ダイナミック・ケイパビリティの実践者でもあります。
日本のビジネスパーソンにどう助言したいですか。

「私と、『両利きの経営』のオライリー教授、野中教授は1月26日、一橋大学ICSと、私が経営する米グローバルコンサルティング会社BRGの共催でウェビナーを開催する。
そこでは、業界ではなくエコシステムを、オーディナリー・ケイパビリティではなくダイナミック・ケイパビリティを、などといった、日本企業に目指してほしいメンタルモデルについて話をするつもりだ」

(日経ビジネス 広野彩子)

情報源: ドラッカーの警告、正しくやるから日本は変革できない

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