日本人出国者数は2012年の1849万人以降、3年連続で前年を下回っており、15年には1970年以来45年ぶりに、訪日外国人旅行者数が出国者数を上回った。こうした状況のなか、16年を「海外旅行復活の年」と位置づけ、取り組みを強化すると語る日本旅行業協会(JATA)会長の田川博己氏に、16年の取り組みや今後の展望などを伺った。
-16年の方針や取り組みをお教え下さい
田川博己氏(以下敬称略) 昨年に観光庁に提出した提言書にもあるとおり、海外旅行、国内旅行、訪日旅行の三位一体で交流大国をめざすことがJATAの方針だ。16年は「海外旅行の復活」をテーマに、もう一度2000万人に向けた挑戦をする年としたい。特に韓国・中国市場の復活が重要だ。
中国は習近平国家主席が昨年5月の日中友好交流大会で「民間外交は大いに結構、朋あり遠方より来る」と談話を発表した。心理的に旅行しやすくなったことで、ツアーも動き始めた。韓国にも朴槿恵大統領に早く歓迎のメッセージを発して欲しい。
韓国は円安やMERS、政治問題など、これほど厳しい状況は今までになかったので、今年こそは頑張りたい。今後は従来の都市観光から、歴史観光をアピールすべきだと思う。韓国は歴史が豊かで、例えば百済文化は日本の源流ともいえるが、まだまだ日本人の認知度は低い。韓国側も韓流ばかりを説明してきたが、今後は歴史や建築を訴求するべきではないか。
欧州については、1月中旬に同時多発テロ事件が発生したパリを訪れ、現地視察をおこなう。欧州は代表的な観光地で収益も高いので、今後はチーム・ヨーロッパでどうリカバーするかを考えていく。一方、海外情勢が悪化すると「安心・安全」の面で信頼度の高いオセアニアが売れはじめるが、欧州の代替地として考えるのではなく、改めて魅力を伝えていきたい。
もう1つ注力したいのは「若者」だ。海外との姉妹都市提携を活用した青少年交流の仕組み作りに、改めて取り組むべきではないか。若者には早いうちに海外を経験してもらいたいので、その第一歩として修学旅行に行ってもらいたい。来年や再来年ではなく、10年後や20年後の日本の未来を見据えて、先手を打つべきだろう。
-アジアの旅行需要の増加などで、宿泊施設や航空座席などの仕入競争が激化しています
田川 航空座席に関してはFSC、LCC、チャーターがバランス良く飛べば良いと思う。また、中部空港の活用や、成田・羽田と関空の連動など、航空ネットワークをさらに議論する必要がある。
例えば、地方発羽田経由で出国する旅行者に対して、国内線料金を定額にするなどのルールができれば非常に便利だと思う。航空会社からアドオンの料金体系などが沢山出てくれば、海外にも行きやすくなるだろう。アドオン料金についても、航空会社に協力をお願いしたい。
-訪日旅行や国内旅行についてはいかがでしょうか
田川 訪日旅行の増加は続く見通しだが、一方でツアーの品質の低下や、ガイドやホテルの不足などさまざまな課題が山積している。ツアーの品質については、「ツアーオペレーター品質認証制度」を活用し、必要によっては法整備をおこなう時期にあると思う。
これからは世界各国で外国人観光客誘致に向けたピーアール合戦がおこる。例えばブランドUSAは、9.11の同時多発テロ事件やハリケーン・カトリーナなどからの再生をはかり、予算を費やして米国への誘客を必死におこなっている。一方で日本は、東日本大震災後も必死に活動しているとは言い難い。これから実施するのが本当のビジット・ジャパン事業で、その集大成が20年の東京オリンピックイヤーではないか。
また、インバウンドのクルーズについては、買い物目的で訪問する「買い出しクルーズ」ではなく、数ヶ所に寄港し、オプショナルツアーに参加してその土地を楽しむ「本物のクルーズ」を増やしたい。買い出しクルーズは日本経済にとっては非常に良いことだが、この先10年も同じ状況が続くとは思えない。海から見る日本の景色もクルーズの醍醐味の1つなので、「海から見る日本」もアピールすれば良いのではないか。
近年では医療ツーリズム、エコツーリズム、ショッピングツーリズムなどさまざまなテーマによるツーリズムが出てきているので、色々な人に広い視野でツーリズム事業をおこなって欲しい。例えば、世界各国の技術を視察するテクニカルビジットのように、日本から「ものづくり技術」や「環境技術」を世界に発信し、産業ツーリズムを盛り上げればよいのではないか。そのことにより、日本のブランドはより高まっていくだろう。
国内旅行については、地方創生の推進に取り組んでいる。着地旅行の推進については、外国人をターゲットにして旅行コンテンツを作っているケースが多いが、日本人の国内旅行向けにも活用できるのではないかと思う。
また、今年は震災から6年目となるが、東北復興支援プロジェクトの「みちのく潮風トレイル・JATAの道」にも、引き続き取り組んでいく。阪神淡路大震災など、これまでに経験したさまざまな天変地異では、3年から4年は住宅や道路の整備などハード面の復興に注目が集まっていたので、今年はいよいよツーリズムでの再生の出番が来ると考えている。
-今年は「ツーリズムEXPOジャパン」にとって3年目の「ジャンプの年」ですが、どのように取り組むお考えですか
田川 今年は第1期の完成形を迎える年となる。日本観光振興協会(日観振)とJATAはEXPOを始めるにあたり、十数個の目標を決めた。海外・国内・訪日の三位一体となっているか、BtoB、BtoCにおける商談会やピーアールがしっかりできるか、顕彰事業が成果を上げられるか、アジアでのリーダーシップを取れるイベントに完成させられるかなど、これらを達成させるのが16年だ。
今年を含む3年間で土台を造り、その上に建物を建て始めるのは17年以降だ。19年と20年は東京オリンピックの影響で東京では開催できない可能性が非常に高いので、EXPOとして完成するのはおそらく21年になる。すでに完成したと考えている人もいるが、まだまだ一般のマスコミなどの注目度は低い。「知る人ぞ知る」存在から、いかにして次の段階に持っていくかが課題だ。
旅行会社の仕事はなかなか「見える化」できないが、EXPOは「見える化」できる唯一の舞台なので、そのなかで色々なものを表現していきたい。EXPOは大人数を集客する定番ツアーではなく、各社が知恵を振り絞った、自社の特徴が際立った商品をアピールする場だと思う。
旅行市場はすでに細分化し、100万人の市場が1万人ずつの100個の市場に別れてしまった。各社がそれぞれに、得意とする市場を取り上げればいいのではないか。
-昨年は制度改善に一定の進展が見られましたが、今年の取り組みは
田川 15年は「募集型ペックス約款」と「旅程保証約款」が個別申請で認められるようになり、非常に良かった。しかし取消料規定全体については、まだまだ見直すべき点も多い。
また、日本人や訪日外国人旅行者が安心・安全に旅行することを海外OTAが保証できるのか、という問題はグレーのまま残った。海外OTAについては、安心・安全についての責任を明確にしてほしい。ダイナミックパッケージツアーの登場で、手配旅行と企画旅行の区別が曖昧になり、問題の本質が見えにくくなっているのではないか。
海外旅行についての議論は旅行会社の話で終わってしまうが、インバウンドについての議論はすべての産業に関わりを持つ。インバウンドに関するさまざまな規制と、今後は連動していくことになるのでは、と個人的には考えている。問題は責任の所在が明確化するかということ。
これは民泊の規制緩和のケースと似ている。旅館は旅館業法で規制されているのだから、民泊にも規制がなければイコールフッティングにはならない。平等ではないと、いつか歪みが起こる。
-昨年はパリでのテロ事件もあり、旅行の「安心・安全」にも注目が集まりました
田川 「安心・安全」は大きなテーマであり、昨年は7月1日を「旅の安全の日」と決めた。各社の旅行安全マネジメントの推進はJATAの大きな仕事であり、しっかり取り組んでいきたい。
「安全」は頑張っても自分たちでは作れない。また、自然災害については、起きてしまえば仕方がない「まな板の上の鯉」だが、鯉は鯉なりに防御しなくてはならない。お客様の安全管理、現地情報の収集と的確な伝達のスピードをどうするかが取り組むべき最大のテーマであると言えるだろう。
-ありがとうございました