線虫を使って癌を早期発見 – 開発者の広津崇亮先生にインタビュー(2015/03/28、2017/04/24)

(1) 研究室紹介
先日、「線虫で癌を早期発見」というニュースが流れましたね。とんでもなく画期的なこの手法、実現したらすばらしいです。私もMRIを用いたがん診断を研究していますので、大変興味があります。今後の研究のヒントにもなるかなと思い、直接お伺いしたくなりました。連絡をとらせていただいたところ、気さくに応じてくださいましたので、九州大学伊都(いと)キャンパスまで行ってきました!研究秘話を聞くことができたので、研究の詳しい内容とともにご紹介しますね。

↓広津先生の研究室はとても大きな建物の中にあります。

↓広津先生です。研究内容を紹介されるときのイキイキとした表情がとても印象的。すごくやさしそうなので安心してお伺いすることができました。

↓ちょっと真面目な顔で、愛用の顕微鏡を脇にして筆者と記念写真をパチリ。

↓ちょうどお伺いしたときには、引っ越しの最中でした。今回の大ニュースにより、広い研究室に移ることができたんだそうです。以前はとても狭く、学生と背中合わせで顕微鏡を覗いていたので、研究室を「潜水艦」(^^;; と呼んでいたのだとか。努力が報われて何よりです!

↓こんなに広くなりました (^^)

それではさっそく研究内容を紹介していただきましょう

(2)走行性の面白さ
研究内容の概要については、九州大学のプレスリリースが、かなり詳しいところまでよくまとまっているので、最終ページのリンクをみてください。このブログではまず、線虫の「走行性」の面白さについて説明します。

↓これは広津先生からいただいた動画で、30分のタイムラプス画像になっています。左側の2つの+印のところに、線虫が好きな匂いの一つ(ベンズアルデヒド)を置いて、真ん中に線虫を放つと、線虫がどんどこ好きな匂いのほうへ寄って行くんです!

↓線虫ってどんなのだろう?ということで、実際にシャーレに入っているのを見せていただきました。ここでもまたもや広津先生とてもいい表情です!

↓「あれっ?いないんですけど・・・」って一見思うのですが、寒天培地の上になぞるように付けた大腸菌にそって、ホコリのようなごく小さな点々が無数に見えます。これがC.elegans(シー・エレガンス)という名前の線虫。おしゃれな名前だけあって(?)めちゃくちゃ小さい!

↓ということで顕微鏡を覗くわけでございます。

↓で、覗くと、あーいましたいました。すごくちっちゃいのがたくさん。このC.elegansという線虫は、意外なことに土壌中にいるんだそうです。「がんスクリーニング」だから、人体内にいる(寄生虫)だと思っていたのですが、まったく違うんですね

[写真は、顕微鏡にiPhoneをくっつけて撮影しました。「コリメート法」というんですが、このように周りには写らない部分(ケラレ)を生じます]。

↓動画もとってみたので、その動きをご覧ください(音が出ます)。サインカーブのような動きをして進んでいくんだそうです。

では次は、このニョロニョロくんを使ってがんの診断をする様子を書きますね。

(3) 化学走性を用いてがんを診断
ここでは「化学走性(Chemotaxis)」という言葉がでてきますよ。

↓こちらが実際に行った健常者の尿(10倍希釈)を左の2つのプラス印のところに各々1滴垂らしたものです。尿の反対側によりたくさん集まっていますから、忌避行動をとっていることになります。広津先生によると、「線虫は、『ヒト嫌い』」なんだそうです。俺たち人間はキラわれているらしい・・ (^^;)

↓ところが、なぜかがん患者の尿には逆に集まるのです!

このように線虫は、がん患者の尿の中に含まれる何かを好み、その方向へ走行することがわかります。不思議ですよねぇ。

↓匂いのある方に移動した線虫の数と、反対側に移動した線虫の数を引き算し、総数に対する割合を±で表示したのが化学走性(Chemotaxis;ケモタクシス)というそうです。広津先生からいただいた下のスライドの式を見てください。

上記において、「イソアミルアルコール」「ベンズアルデヒド」とかが書いてありますが(赤棒)、これは線虫が好きな匂いです。がんの患者さんの尿はこれに相当します。逆に「ノナチン」はキライな匂い(紫棒)で、健常者の尿はこちらに相当します。

ちなみに、最初に線虫を真ん中においてから、反応を見るまでに30分放置するんだそうですが、せっかく匂いのところに来ても、「匂いに飽きちゃう」と、またプラプラどこかへいってしまいますね。僕なんかは気ままな性格だから同じようなタイプ(?) ・・っていう冗談はさておいて、そうなってしまうと診断できないから、印のところにはコワ〜イもの 。・ヾ(。>д<。)ノ・。゚ を置いておくんです。 それは、アジ化ナトリウムという物質です。これを混ぜておくと、そばまで来ると麻痺しちゃって動けなくなるので、「飽きちゃう現象」を防止して確実にカウントできるというわけです。 この「匂いの科学」はものすごく奥が深いようなのですが、専門的なので、次は、どうやってこの画期的な方法が発見されたかのエピソードを書きますね。 アニサキスが早期胃癌に喰いついていた! この大発見は、2年前の、胃内視鏡のエピソードに始まります。伊万里有田共立病院の園田英人先生(外科部長)が、胃痛で来院した患者さんの内視鏡検査をしたところ、アニサキスが胃壁に喰いついているのを見つけ、摘除しました。 アニサキス症というのは、鯖(サバ)などによく寄生していて、鯖を食べた際に胃の中に入ると、胃壁に食いついて激痛を生じるという、比較的良く知られた病気です。 ところがこの症例では「アニサキスの喰いついている部分に早期胃癌があった」という非常に稀な現象が観察されました。これがその写真(以下の論文から引用)です。 Sonoda H, Yamamoto K, Ozeki K, Inoye H, Toda S, Maehara Y.. An anisakis larva attached to early gastric cancer: report of a case. Surg Today. 2014 Aug 17

↑ちなみに、鉗子で引っ張ってもガキっと喰いつているので、患者さん痛かったでしょうね・・・ (TT)

まあとにかくこれは、びっくりする出来事ですね。園田先生はその後上記論文を書かれましたが、調べて見ると、それまでに世界で、アニサキスが胃癌に食いついていたケースが28回も散発的に報告されていたそうです。

注目すべきことに、Stageについて記載があった25例のうち18例がStage I(早期)でした。また腫瘍マーカー(CEA)は、計測された15例中たった1例で上昇してるだけでした。

このため、園田先生は、「胃がんからでる『微量の匂い』」にアニサキスが反応しているのではないか ( ̄— ̄)ニヤリ と思い、インターネットでこれに関して基礎研究をしている人がいないか調べたところ、ごく近くの九大にいる広津先生がヒットした、という、スゴイことなわけなんです。

アニサキスは鯖などの魚に寄生する大型(数センチの大きさ)のもの、対してC.elegansは土壌中に存在する小型(1ミリ)のものですから、相当違う線虫の仲間のですが、幸いな事に、匂いに関しては共に敏感なようです。

広津先生曰く「僕らは、線虫の嗅覚神経を詳しく調べていたのですが、それを一種の『センサー』として使おうという発想はありませんでした。世界の同様な研究者も、こういった発想はなかったと思います。園田先生からの話を聞いて、アニサキスと同類のC.elegansを、センサー(がんの検知)として利用できるのかもしれないと思いましたが、これはとても幸運なことでした」とのことです。

園田先生の洞察力と、広津先生がいままでされていた基礎研究が、奇跡の符合をみた瞬間でした。

もう一つの幸運〜匂いの濃度と嗜好性の関係
この研究には、もう一つの幸運があります。「匂い」には「いい匂い」と「嫌な匂い」がありますが、意外なことに、いい匂いのものでも、濃度が異なると嫌な匂いになることがあるんだそうです。

たとえばジャスミンはとても良い香りで、リラックス効果があると言われていますが、濃度が高くなると糞尿臭として感じられるのだそうです(ひょえ〜)。


(イラスト:さいとうかなえ)

このようなことは、広津先生は研究して良く知っていたので、がん患者の尿を用いた実験をするときに、原液だけでなく、様々な濃度の希釈液で実験を繰り返し、「10倍希釈の尿」が、がん患者と健常者をよく弁別出来る適性濃度だということを見出しました。

↓これは、尿ではなく、がん細胞の培養液に対する反応を調べたグラフ[論文*から引用]ですが、横軸は、この培養液の希釈率を示しています。縦軸は化学走性(Chemotaxis)であり、棒グラフが長いほどよく反応していることを示しています。これをみると、10のマイナス6乗ぐらいの希釈率が至適であることが分かりますね。

*Takaaki Hirotsu*, Hideto Sonoda*, Takayuki Uozumi, Yoshiaki Shinden, Koshi Mimori, Yoshihiko Maehara, Naoko Ueda, Masayuki Hamakawa (*同等貢献). A highly accurate inclusive cancer screening test using Caenorhabditis elegans scent detection. PLOS ONE(2015)

もし様々な濃度の実験をしようと最初からプランしていなければ、原液のみを用いて実験し、「がんと健常者は識別できない」という結論で終わっていたことでしょう。嗅覚研究に詳しい広津先生が実験計画を立てたことが、この画期的な成果につながったものと思われます。

この検査が実現したらDWIBS法*も要らないなぁと思ったのですが・・・。

*DWIBS法:MRIの拡散強調画像(DWI)を用いて全身の癌を表現する画層診断法

DWIBSの出番もある?
僕はこのすごい方法のニュースに触れたとき、DWIBS法のもっている2つの役割=「癌のスクリーニング」+「治療効果の判定」、のうち、前者はほぼ不要になるなと思いました。

しかし広津先生とお話しているうちに、あらっ?それならまだ役立つかも?と感じたのです。それはなぜか。

これは論文に掲載された健常者と患者さんの反応をまとめたものです。

統計解析に慣れていない人にはちょっとややこしいので、すごく単純化してグラフにすると、まぁこんなふうなんですね。

ほとんどの人は青丸で、「検査が陰性」→「がんがなかった!」と言う人ですね。一方赤丸の人は残念ながら「検査陽性」→「癌がやっぱり発見された」という人です。とてもつらい気持ちになると思いますが、すぐに治療に入れます。分からないで放っておいたらタイヘンなことになっていたので、その意味ではよかった。

問題は、黄丸の人です。「検査陽性」だから精査したけど、見つからない!
「キマル(黄丸)」なのに、癌があるのかないのか、キマらないんです。ダジャレ乙。

あるはずなのに、見つからないジレンマ?
このような患者さんは、フルスタディをひとしきりやったあと、途方に暮れてしまうことになります。どこにあるかが正確にわからないと治療に入れませんし、ありそうだけどないかもしれないし、宙ぶらりんの状態が続きます。

だからといって、放射線を使う検査は、そうそう短い間に繰り返しできません。CTを毎月撮るというのは、普通は「がん疑い」だけの患者さんにはできませんし、ご本人も毎月被曝はやりたくないことでしょう。さらにPETは放射線被曝がある上に、コストも高い*ので、短期間の繰り返しは無理です。

この研究の対象になった患者さんで、検査陽性がでたあと2年後に癌が見つかるようになった人もいるようですので、調査が長丁場になることを想定しないとなりません。その意味でDWIBS法なら、無被曝のMRIですから、繰り返し行えるというメリットがあります。

いま、浜松市にある「すずかけセントラル病院」では、年3回のMRIも含めた、日本ではじめて(当然世界でもはじめて)の「くりかえし癌ドック」をしています**。ひとりひとり丁寧に面談していることもあって、受信者からの評判はおかげさまできわめて良いのですが、「健康(無症状)」と思っているうちに続けていく高い意識を維持するのはなかなか大変です。でも将来、線虫の検査で陽性だった方を対象として、みつかるまでこれを繰り返していくのは良いなと思いました。

* 自費であれば1回10万円以上します。また「疑い」の段階ではほとんど保険適用はされません。
** プレミアムドック http://suzukake.or.jp/kensin/health-screening/premium-medical-dock/

↓年3回の準無被曝がんスクリーニング

ではさいごに、論文で結果として示されていることを端的にまとめておきますね。

1. 腫瘍培養液に対する反応の証明:腫瘍細胞を培養した上で、培養液だけを取り出し、これらを好むかどうかを検討した(胃がん、大腸がん、乳がん)→線虫はこれらの液体を好んだ。

※消化管由来の癌でない、乳がんにも反応!

2. 匂いに感じていることの証明:上記実験において、嗅覚異常を持つ線虫について調べた→嗅覚異常のある線虫は反応しなかった。

※匂いに反応している!

3. 尿に対する反応の証明:今度は腫瘍そのものではなく、尿に対して反応するかを検討した→線虫は、がん患者の尿を好み(20例中20例)、健常者の尿は忌避した(10例中10例)

※尿で検査できる=簡単に検診に用いることが出来る!
※少ない例の基礎実験では100%正確!
※ステージが早期のがんにも反応!
※胃癌(13例)、大腸癌(6例)に加え、すい臓がん(1例)にも反応!

4. 感度を正確に調べるために、多くの例で再検討(がん患者24例、健常者218例)

→ 感度が95.8%、特異度が95.0%

※腫瘍マーカー(CEA)の感度はたった25%ではるかに感受性が高い!
※がん患者24例中12例は、ステージ0か1の早期がんで発見!
※いろいろな種類の癌に反応!

この成績はすごいですよね。研究者からみてもこれはもう、圧倒的。ぜひ早く実現して欲しいものです!

広津先生にお伺いすると、この夢のような方法にも、まだ改善すべきところがあって、例えば以下のようなことがあるのだそうです。

室温はかなり厳密なコントロールが必要
今のところ線虫の数を数えるのは人間がしているので大量には処理できない(でもこれは割と簡単に解決しそう)
線虫が「腹ペコペコ」でも「超満腹」でも匂いに対する反応が変わるので、エキスパートが腹八分目的な線虫を選ばないとならない
最後なんかはなかなか微笑ましい (^^) わけですが、しかしとにかく、エキスパートであれば再現性を持ってできるそうなので、初期成績としてすごいことに間違いはありません。また、癌腫を特定できる方法にも部分的に成功しているので、今後の発展も望めそう。将来、匂いセンサーの開発につながれば、線虫くんを腹八分目に調整する手間も要らなくなります。

というわけで、今後大いに期待しましょう!

情報源: 線虫を使って癌を早期発見 – 開発者の広津崇亮先生にインタビュー (最終):検査成績の真価 | TARORIN.COM

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