Amazon化する食農業界に一石を投じる、アグリゲートが思い描く未来
2019年03月25日 08時00分更新
文● 羽野三千世/TECH.ASCII.jp 撮影●曽根田元「未来に”おいしい”をつなぐインフラの創造」をミッションに掲げ、テクノロジーで食農流通を変革するアグリゲート。小売店が商品の企画から製造までを担うアパレル業界でのビジネスモデル「SPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)」を食農業界へ応用した「SPF(Specialty store retailer of Private label Food)」を提唱し、食農で生産から販売までを一気通貫で提供する。
同社は2009年の創業から、このSPFのモデルを具現化するために、自社農場『旬八農場』での生産事業、自社主導の物流網、市場・産地直送・自社農場のマルチ仕入チャネル、お弁当や惣菜の製造事業、都市型八百屋『旬八青果店』とお弁当・惣菜販売店『旬八キッチン』による販売事業を構築し、食農の一気通貫を実践してきた。現在、旬八青果店/旬八キッチンは東京・神奈川で16店舗に拡大。新橋4丁目に2018年10月にオープンしたイートインコーナーと八百屋を併設する店舗『旬八キッチン&テーブル』では、店頭に新鮮な野菜が手ごろな価格で並び、夜になると仕事帰りの会社員が旬の食材を使ったお惣菜でお酒を楽しむ姿が見られる。
イートインコーナーと八百屋を併設する店舗『旬八キッチン&テーブル』
店内の八百屋コーナーには新鮮な野菜と果物が手ごろな価格で並ぶ
夜になると旬の食材を使った惣菜・サラダバーが登場する
惣菜と一緒に、全国から集めてきた地酒や地ビールを店内で楽しむことができる創業から10年目を迎える2019年、アグリゲートは、テクノロジーによるSPFモデルの進化と効率化を目指し、新しくCTOを迎えた。同社が思い描く食農業界の未来とそのテクノロジーについて、創業者で代表取締役 CEOの左今克憲氏、1月に同社にジョインしたCTOの長俊祐氏に話を聞いた(聞き手はアスキー羽野三千世、以下敬称略)。
–創業から10年、アグリゲートのこれまでの歩みを教えてください。
左今:私が個人事業主としてアグリゲートを起業したのは2009年2月(※2010年1月に株式会社化)。学生時代、バイクで日本一周の旅をした際に、地方で口にした野菜や果物の美味しさに感動したのがきっかけです。地方の野菜の生産地と、消費地である東京で、味や価格に大きな差があることに課題意識を持ちました。日本の原風景とも言える農村が時代とともに衰退していくことに危機意識を持ちました。そこで、地方経済の活性化と都市の食生活の向上を同時に実現する垂直統合ビジネスモデル「SPF」を考案し、起業したわけです。
アグリゲート 代表取締役 CEOの左今克憲氏この10年で、自社農場での生産から、生産地から消費地までの流通、新鮮な農産物を適正価格で仕入れる仕組み、食材を無駄なく使えるよう自社で商品開発したお弁当の製造、都市型八百屋『旬八青果店/旬八キッチン』での販売まで、一気通貫で提供できる事業体制を構築し、SPFを実践してきました。
同時に、食農業界で人材を育成する教育事業やコンサルティング事業にも力を入れてきました。地方経済の活性化、都市の食生活の向上は、アグリゲート1社だけでは実現しません。当社が運営する「旬八大学」では、都市部で食農ビジネスを担う人材を育成するための講座や、地方で活躍する次世代プレーヤーを育成するための講座を提供し、地域資源の価値化や小売店経営、青果を目利きするスキルなど、アグリゲートがこれまで蓄積してきた自社ノウハウをオープンに公開しています。
生産地に眠っている地域資源をほりおこし価値化する
–食農業界で生産から販売までを一気通貫で提供するSPFによって、どのような成果や価値が生まれましたか?左今:従来の分断された食農流通では、生産者は農産物を少しでも高く売りたい、仕入・卸は少しでも安く仕入れて高く卸したい、小売店も安く仕入れて高く売りたいといったように、お互いにぎすぎすした敵対状態が生まれ、結果として都市で売られる農産物が適正価格にならず、関わる全員が疲弊すると思いました。一方、地方の生産者と都市部の販売者がつながるSPFのビジネスモデルでは、生産地に眠っている資源をほりおこして価値化することが可能です。
例えば、アグリゲートはこれまで都市に出荷されてこなかった規格外野菜を流通・小売や製造のバリューチェーンにのせて、生産地に新たな利益を創出しました。国内の野菜の生産規模は約2兆円、果物は約1兆円ですが、そのうち30%が規格外だと言われています。規格外の野菜・果物を商品化することで、3兆円の30%、規格外なので、その10%の金額と見積もっても、900億円もの付加価値を付けられるイノベーションが見えてきました。
今、世界の流通・小売業界を席捲しているAmazonは、すでに商品化されているものを効率よく販売することには長けています。しかし、地域資源を新たに価値化することはできない。対面販売をするリアル店舗の店頭で、その新しい地域資源が商品化できるかどうかを判断して自社のバリューチェーンにのせることができる――。これがAmazonにはないアグリゲートの強みです。
–現状のSPFにはどのような課題がありますか?
左今:生産から販売までのデータ活用が課題です。店頭で商品化の判断や仕入の最適化を行うためには、個々の商品ごとのつぶさなデータが必要です。例えば、同じ種類の野菜でも産地や生産者が変われば売上が増えたとか、惣菜をどのくらい製造すると店舗の粗利が最大化するのかなど、細かなデータを見ていかなければいけません。店舗間の情報共有、生産と小売のデータ連携も必要です。このようなシステム基盤を構築するために、このたび、アグリゲートCTOに長を迎えました。
–長さんはアグリゲートにジョインする前はどのような仕事をしていたのですか?
長:クックパッドのエンジニアとして、決済システムや料理教室運営サービスの開発・運用を手掛けていました。学生のときにRuby開発で有名だったクックパッドでインターンをしたのをきっかけに、そのまま入社しています。
2018年夏頃に左今に誘われて、今年1月にアグリゲートへCTOとして入社しました。実は、左今とはもう5~6年の付き合いになります。学生時代に、フリーランスのエンジニアとして、アグリゲートの今のIT基盤を構築しました。ですので、これまでのアグリゲートの沿革やビジョンを知っていますし、食農ビジネスやSPF事業の難しさも理解しています。その難しさにエンジニアとして向き合って、テクノロジーで食農の世界を変えていくことにやりがいを感じて、アグリゲートにジョインしました。CEOの左今の人柄も昔から知っていて、信頼しています。この人となら組んでもよいなと思ました。
1月にCTOとしてジョインした長俊祐氏(左)は学生時代に現在のアグリゲートのシステム構築を手掛けた人物。左今氏とは気心の知れた仲だSPF向けに作られたITは世の中にない、だから内製化してオープンにしていく
–SPFのデータ活用のために、どのようにテクノロジーを導入していきますか?長:アグリゲートがやっているSPFのビジネスはこれまで世の中になかったものなので、当然、SPF向けに開発されたパッケージソフトやサービスは売っていません。これは内製する必要があります。
大規模な食品スーパーなどでは、POSシステムで管理がしやすい形で仕入・販売を行っています。箱で仕入れた野菜を袋詰めして販売するデータであれば、バーコードで管理できます。一方SPFでは、商品化を判断するための店舗販売データがほしい。最終的にはりんご1個のレベルで、生産地や形状、そのまま販売した場合とお弁当に加工した場合の粗利の違いといった細かなデータを把握する必要があります。現在は泥臭くスプレッドシートで管理していますが、今後自動でデータをとる仕組みを構築し、各店舗に分散しているデータを統合していく予定です。
アグリゲート CTO 長俊祐氏ビジネスの根幹であるSPFのシステム基盤は内製していきますが、会計システムなどすでに世の中にあるものは、SaaSなどを外部調達していく方針です。ないものだけを作る、買えるものは買う。現在、アグリゲートのシステム開発は私を含めて2人体制なので、リソースを重点領域に集中させます。なお、エンジニアを絶賛採用中です。
左今:将来的には、食農業界全体のIT化と成長産業化のために、アグリゲートが内製したSPFのシステム基盤を、プラットフォームとして外部に開放していきたいと考えています。SPFは、社内だけでなく全国の生産者や組合・卸売市場とつながるビジネスなので、それぞれの生産者や組織が使っている様々なシステムとデータ連携ができるオープンなプラットフォームである必要があります。
農産物の生産はIT化がまだ行き届いていない領域ではありますが、生産者にとってもITは明らかに便利なものなので、今後変わっていくはずです。アグリゲートも、農業生産者向けに、売上分析レポートや納品書・請求書をスマホで自動作成できるアプリ「FARMERS POKET」を開発・提供しています。FARMERS POKETを使ってもらってもいいし、他のシステムでもいい。アグリゲートは生産者が使うITと連携できるプラットフォームを準備します。
–テクノロジーの活用によって、アグリゲートのビジネスはどのように変わっていくでしょうか?
左今:テクノロジーによってSPFのデータが一気通貫で詳細に分析できるようになったら、生産から販売までをすべてを自社でやる必要はなくなるかもしれません。地域資産を価値化するノウハウがデータとして蓄積されたら、対面販売にこだわる必要はなくなるかもしれません。しかしながら、最終的に自社でやる・やらないに関わらず、生産・流通・卸・製造・販売のすべての知識は必要です。今は食農流通のすべての機能を自社に持ちつつ、自社内でデータ活用のためのシステム基盤を構築・運用していく段階です。
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「旬八大学」で自社で実践してきたSPFのノウハウを解放し、食農業界全体の拡大を図ってきたアグリゲート。次のフェーズとして、食農流通全体のデータが連携できるオープンなIT基盤の実現に向けて動き出した。「地方経済を活性化し、都市の食生活を豊かしたい。そのために、テクノロジーを使って食農業界を成長産業にしていきたい」――これがアグリゲートの願いだ。(提供:アグリゲート)
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