コロナ危機 精神の毒にワクチンを 集英社新書プラス

マルクス・ガブリエル
2020.4.3

 精神の毒にワクチンを

 私たちはみな同じ船に乗っている。
とはいえ、そこに新しいことは何もない。
21世紀とは、グローバル化という現象の感染が拡大した世紀だ。
コロナウイルスが明らかにしたのは、すでに長らく生じていた事態にすぎない。
つまり、私たちには、まったくもって新しいグローバルな啓蒙の理念が必要なのだ。

 ここで、ペーター・スローターダイクの表現を用いて、そのことを新たに解釈しよう。
私たちに必要なのは、共産主義Kommunismusではなく、共免疫主義Ko-Immunismusである。
そのためには、競争的な国民文化、人種、年齢集団、階級に私たちを分断する精神の毒に抗するワクチンを打たねばならない。

 今、私たちは、前例のないヨーロッパの連帯によって、病人と老人を守っている。
そのために、私たちは子供を隔離し、教育機関を閉鎖し、医学上の例外状態を生み出している。
そのために、経済が再び活気付くよう、数百万ユーロが投下されている。

 ところが、ウイルスの後にも、以前と同じように振る舞うなら、より酷い危機がやってくるだろう。
それはより酷いウイルスであり、その台頭を止めることはできない。
つまり、現在EUで起きているアメリカとの経済戦争の継続、私たちが、独裁者に武器と化学兵器作成の知識を与えたために、ヨーロッパに亡命しなくてはいけなくなった移民に対する闘争における人種差別とナショナリズムの広がりなどだ。

 そして、忘れてはならないのが、気候危機である。
それはあらゆるウイルスよりもずっと酷い。
なぜなら、気候危機は人間のゆっくりとした自己絶滅の結果だからだ。
人間の自己絶滅はコロナによって、わずかのあいだ食い止められている。
コロナ以前の世界秩序は、普通ではなく、致死的なものであった。
なぜ、交通システムを変えるために、同じ数百万ユーロという金額を投資できないのだろうか? 
なぜ意味のない会議を、経済界の重鎮がプライベートジェットを飛ばす代わりに、オンラインで執り行うことができるようにするために、デジタル化の技術を使えないのか? 
知と技術によって近代のあらゆる問題を解決することができるという迷信に比べれば、コロナウイルスは無害であるということに、いつになったら私たちは気がつくのだろうか?

 これは、私たちみな、つまり、ヨーロッパ人だけでなく、あらゆる人間に対する呼びかけである。
必要なのは新しい啓蒙である。
私たちが盲目的に自然科学と技術に追従しているせいで引き起こされているこの甚大な危機的状況を認識できるようになるよう、あらゆる人間は倫理的に教育されなくてはならない。

 ウイルスに対してあらゆる手段を用いて戦っている時、もちろん私たちは正しいことをしている。
突如、連帯と道徳の波が押し寄せている。
これはいいことだ。
けれども、同時に忘れてはならないのが、科学的専門知識を蔑むポピュリズムから、私の友人のニューヨーカーが「科学を信仰する北朝鮮」と的確に表現した例外状態へと、わずか数週間のうちに移行してしまったということである。

 グローバル資本主義の感染の連鎖

 私たちはグローバル資本主義の感染の連鎖を認識しなければならない。
グローバル資本主義は私たちの自然を破壊し、国民国家の市民を愚かにすることで、フルタイムの観光客と商品の消費者にする。
だが、そのための商品の生産は長い目で見れば、すべてのウイルスを合わせたよりも、多くの人を殺すことになるだろう。
なぜ医学的・ウイルス学的認識は連帯を引き起こすのだろうか? 
それに対して、自殺的グローバル化から抜け出す唯一の方法は、愚かな定量的経済論理によって駆り立てられ、互いに戦いあう国民国家の集まりを越えた世界秩序であるという哲学的洞察は、なぜ連帯を引き起こさないのか?

 ウイルス学的パンデミーの後に必要なのは、形而上学的パンデミーである。
それは、私たちがけっして逃れることのできない、あらゆるものを覆う天の屋根の下にある、すべての民族の集まりである。
私たちは今も、そしてこれからも、地球上で生きる生物である。
私たちは、死すべき存在であり、弱いままである。

 だから、私たちは形而上学的なパンデミーの地球市民・世界市民になろう。
他のどのような選択肢も私たちを絶滅に追いやることになるのであり、いかなるウイルス学者も私たちを救うことはないだろう。

(翻訳:斎藤幸平)

情報源: コロナ危機 精神の毒にワクチンを – Page 2 – 集英社新書プラス

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