新設高専が問う学費のROI – 日本経済新聞

2023年5月8日 2:00

四国の山間地、徳島県神山町で4月に開校した神山まるごと高等専門学校。
デジタルを軸としたテクノロジーとデザインを組み合わせて起業家精神を養う私立の高専だ。
1期生の入学試験の倍率は約9倍。
全国から難関を突破した44人が自然豊かな学び舎(や)で学生生活をスタート。
19年ぶりの高専誕生に小さな町もわき、住民も学生たちの成長を見守る。

まるごと高専の教育方針のユニークさもさることながら、学生への支援の手厚さも話題だ。
年間の授業料200万円(5年教育なので卒業まで1000万円)は無償。
学費はソニーグループ、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、ソフトバンク、リコー、MIXI、富士通、セコム、セプテーニ・ホールディングス、ロート製薬などから拠出された基金、105億円(各約10億円)の運用益で賄い、学生各4人が企業名を冠した奨学生となる。

仕組みは簡単そうに見えるが、「10億円」の拠出はハードルが高かった。
同校から奨学金制度の話を聞いたある企業のトップは「寄付だと10億円は高すぎる。
投資だとリターンの計算が難しく、議論がストップした」と語る。
あらゆる投資に厳しい視線が注がれる中、投下資本利益率(ROI)の問題が浮上する。

取締役会で投資(I)の話があるとリターン(R)が問われるのは当然だ。
優秀な学生の将来性は多くの人が認めるが、直接的なリターンなど計算できない。
社外取締役は株主への説明責任を意識し、リターンの明確化にこだわるという。

10億円を拠出した企業はどのように取締役会でのROIの問題をクリアしたのか。
最も早く機関決定したCTCの柘植一郎社長は「数字では示せないが、リターンは見えた」と語る。

同社のマテリアリティ(重要課題)の項目に「明日を支える人材の創出」「未来を創る人材教育への貢献」があり、取締役会に上程した資料は「次世代への期待や展望の体感、新しいワークスタイルやコミュニティの形成、新規ビジネスの機会創出などへつなげる」と記し、理解を求めた。

社員が高専への出張授業やインターンシップで学生との交流を図り、刺激を受けることも期待する。
数字には落とし込めなくても明確な相乗効果の手応えだ。

柘植社長は「奨学生が入社してほしいとは思わない。
むしろ、各方面、世界で活躍し、そのときにCTCを思い出し、いっしょにビジネスができたらいい」と語る。

まるごと高専の教育方針に賛同し、10億円を拠出した企業に共通する点がある。
企業理念やパーパス(存在意義)などの中に経営の長期視点に立ち、多様な発想から新たな価値創造を生み出す強い意志が込められている。
その思いを若い学生に託すことにつなげ、息の長い良質なリターンを思い描く。

事業投資でも経済環境の変化が早い今日では正確なリターンの予測は難しい。
にもかかわらず近視眼的なROIに翻弄されているのが現状だろう。
新設の高専は教育界にも新たな息吹をもたらしただけでなく、企業経営の投資活動にも新たな気付きをもたらした。

情報源: 新設高専が問う学費のROI – 日本経済新聞

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です