2024年8月19日 5:00 [会員限定記事]
多様な観点からニュースを考える 福井健策さんの投稿
北海道東部、約7000人が暮らす白糠町の町長、棚野孝夫(74)はふるさと納税に本腰を入れ始めた2015年度の感動を今も思い出す。
届いた寄付は税収の1割超にあたる1億6000万円。
人口減が進む町に全国が関心を寄せ、「赤飯を炊いて町中でお祝いしたいほどうれしかった」。直近の寄付額は全国4位の167億円(23年度)と100倍に膨らんだ。
原動力はサーモンやイクラなどの返礼品だ。
棚野は「生産者らの所得を増やさなければ後継ぎができず、町が立ち行かなくなる」として、ふるさと納税を事業者の支援策と捉える。事業者側も努力し寄付拡大に貢献してきた。
同町の水産加工、東和食品はサーモンのブロックを独自に調味した人気の返礼品「エンペラーサーモン」の製法を、寄付者の声を踏まえてみずみずしさが増すように改良した。町は寄付を漁業のデジタル化など1次産業の競争力強化に投じる。
保育料の無償化にも充て、子どもの転入が増加。町に好転の兆しが出始めた。「ふるさと納税ほど地方をやる気にさせる制度はこれまでなかった」。
30年近く町長を務める棚野は断言する。
東和食品は22年に返礼品「エンペラーサーモン」の生産設備を増強。
新規雇用もした(同社提供)ふるさと納税の拡大が続いている。
23年度の全国の寄付額は前年度比16%増の1兆1175億円で、初めて1兆円を超えた。
全体の95%は首都圏1都3県以外への寄付で、潤う地方は少なくない。
だからこそ後れを取る自治体の制度運用への不満も強い。「年明けに承認されても」。
愛知県内の自治体担当者はこう嘆く。
23年末に向けておせちの返礼品を準備したが、総務省の出品可否の審査が年内に終わらなかった。返礼品が地場産品であるかなどの基準を満たすかを総務省は毎年、事前審査するが、後から追加する返礼品には特段の審査がなかった。
「目をくぐり抜けようとあえて追加しているような事例が散見された」(同省幹部)ため、23年9月末に追加分も対象に入れた。この自治体が10月に出した追加分の承認は4カ月後の24年2月まで下りず、23年度の寄付額は伸び悩んだ。
審査の遅れは追加申請が多いためだが、自治体担当者は「事業者には厳しく叱責された。国は十分な体制を整えるべきだ」と憤る。自治体の関心は返礼品に集中し、過熱する競争がやむ気配はない。
「自治体の自制が働くとみていた」。
制度設計を議論した総務省研究会のメンバーである明治大学教授の小田切徳美(65)は現状を苦々しく見つめる。当初は返礼品に規制はなかった。
制度の隙を突く自治体の出現とともに返礼割合は3割、経費は寄付の5割までの法規制ができた。
23年には経費の規制が強化された。
自治体にも言い分はある。
「寄付を集めなければ税控除で税収を奪われるだけだ」(宮崎県内の自治体)。
必ず勝者と敗者が生まれるゼロサムゲームの中で、返礼品競争を抜本的に改める機運は高まらない。返礼品の〝安売り競争〟も起きている。
秋田県男鹿市は24年春、10キログラムの「あきたこまち」の寄付額を1万500円で限定提供した。
「同じ商品なら価格が低い自治体に寄付が集まる」(同市担当者)ため、県内で最安値の1万1000円を下回るようにしたという。ふるさと納税では税控除によって実質2000円で返礼品として地域の特産品が手に入る。
行き過ぎたお得さ競争は特産品ブランドの価値を下げかねない。総務省は自治体の手数料経費を抑えるため、25年10月から寄付を仲介するポータルサイトでのポイント付与を禁止する。
付与がなくなっても寄付者には税控除と返礼品の恩恵はそのままで、自治体の返礼品競争とふるさと納税の拡大は今後も続くとの見方は強い。小田切は制度の行く末に気をもむ。
「寄付者と持続的な関係を結んでこそ成功と言えるが、どれほどの自治体が実現できているのか」。
広く使われ育った制度もまだ発展途上にある。◇
ふるさと納税は08年度に始まった。
地域の活力を生み出す自治体がある半面、税収の流出が続く大都市を中心に批判も根強い。
過熱する競争は不正も生んでいる。
賛否両論を抱えるふるさと納税は地域に何をもたらすのか。
現場を追った。(敬称略)