起業とは、ビジネスというより、アートに近いのかもしれない。
誰に頼まれたわけでもなく、内側から溢れ出る衝動を、「会社」というキャンバスに叩きつける表現活動。
それは、言葉にならなかった叫びであり、社会への祈りのようなものだ。ゴッホやバスキアの筆致にマニュアルが存在しないように、起業家の経営にも「再現性」なんてないのだ。
だからこそ今、シリコンバレーで議論を巻き起こしているある言葉が、僕にはとても深く刺さった。
ポール・グレアムが提唱した「Founder Mode(ファウンダーモード)」だ。
Founder Mode
paulgraham.comざっくり言えば「創業者が現場に介入し、直感でマイクロマネジメントするスタイルこそが、スタートアップを成功させる唯一の方法だ」という主張。
逆に、MBA的な「権限移譲して、管理だけする」やり方を「Manager Mode(マネージャーモード)」と呼び、これを無理やり起業家に当てはめると会社は死ぬ、と彼は断言している。
これはまさに、「再現性のある管理手法(Manager Mode)」を、固有のアートを描く「表現者(Founder)」に押し付けるな、という叫びにも聞こえる。
前回の記事でも触れたけれど、起業家にはADHDや双極性障害的な特性を持つ人が多い。
彼らの頭の中は、常に新しい色彩が爆発している。
それを「ちゃんとした大人」の枠にはめ込もうとすること自体が、そもそも彼らの脳の構造に合っていないのだ。彼らが病んでしまうのは、彼らが弱いからではない。
「Founder Mode」全開で描くべきアーティストの手から筆を奪い、エクセルを渡して管理させようとするから、窒息してしまうのだ。
けれど、生身の人間がずっと「狂気」のモードで居続けることは難しい。
当然疲れるし、孤独にもなる。だからこそ今、米国では新しい「仕組み」が生まれ始めている。
一つは、「Hampton(ハンプトン)」のような新しいコミュニティ。
高収益企業のCEOだけが入れるクローズドなコミュニティだが、ここで重視されているのはビジネスのノウハウ交換ではない。「Core」と呼ばれる月一回のグループセッションで、財務状況から家庭の悩み、メンタルの不調までを、守秘義務契約のもとで徹底的にさらけ出す。
これはただの交流会ではない。
「Founder Mode」という戦闘服を脱いで、ただの人間としての「弱さ」を共有できる安全なシェルターだ。
表現者たちが、舞台裏で泥を落とし、傷を舐め合える場所にお金を払う時代が来ているのだと思う。そしてもう一つ注目したいのが、「Neuro-inclusive Design(ニューロ・インクルーシブ・デザイン)」という考え方。
GoogleやMicrosoftなどが取り入れ始めているが、感覚過敏な人のために照明を落とした部屋を用意したり、電話が苦手な人にはテキストオンリーのコミュニケーションを認めたりする。
「人」を「環境」に合わせるのではなく、「脳の多様性」に合わせて「環境」の方を設計し直すというアプローチ。
障害者や発達障害と呼ばれる「障害」は、人側にあるのではなく、むしろ社会や環境側にある、という考え方。これらは、僕ら日本のスタートアップ界隈こそ、真剣に取り組むべきテーマだと思う。
結局のところ、僕たちが必死で作っている会社やサービスは、自分自身を守るための「居場所」なんじゃないかと思う。
既存の社会では息ができなかったから、自分が深呼吸できるルールを、自分で作るしかなかった。だとしたら、その会社は、同じような生きづらさを抱える仲間たちが、その特性を殺さずに働ける居場所であってほしい。
起業家の「狂気」や「傷つき」は、治療すべき病ではない。
世界を変えるための、貴重な絵の具だ。けれど、その絵の具を枯らさないためには、「安心して筆を置けるシェルター(Hampton的な場)」と、「その感性を許容するアトリエ(ニューロ・インクルーシブ)」がセットで必要になる。
再現性なんてなくていい。
情報源: 再現性なんて、あってたまるか|家入 一真
