クイズダービー – Wikipedia

基本ルール

  • 毎回3チーム(初期は4チーム)の出場者と、5人(初期は6人)の解答者が出演した
  • 出場者チームは各問題に対して正答しそうな解答者を一人指名し、持ち点(3000点からスタート)の範囲内から100点単位で賭けていく
    解答者には問題の解答力に応じた倍率が設定されており、指名した解答者が正解した場合には賭け点と解答者の倍率をかけた得点が与えられ、不正解だと賭け点分のみマイナスとなった
    ただし、解答者が全員不正解の場合にはその問題での賭け点はすべて返された
  • 実際の競馬でいうと、出場者は「賭け手」、解答者は「競走馬あるいは騎手」、出場者の持ち点は「馬券」、解答者の倍率は「オッズ」、解答者のシンキングタイムは「競走」、解答者の正解は「1着ゴールイン」、出場者の得点獲得は「的中」、全員不正解は「競走不成立による全返還」に見立てたものである

問題

  • 通常は8問(初期は11問⇒10問:6人制・9問:5人制)出題され、1・3・5・8問目が一般問題、2・4・7問目が三択問題、6問目は音楽問題(巨泉は「作詞の問題」と呼んでいた)というのが基本である(まれに1問目で音楽問題や、三択が出題されたこともある)
    問題表示は、出題者が読み上げの最中にテレビ画面の下半分に水色のボードに手書きの黒い文字で表示されていたが、末期の解答者変動制になってからはテロップ表示となった(2回の復刻盤では水色ボードの黒い文字の手書き)
    なお、問題を解くカギとして、問題中にヒントが隠されており、そこから答えを連想することができた
    音楽問題は歌詞通りに書かなければならないが、一般問題と同様に問題のフレーズの周りの歌詞にヒントがあり、そこから予想していた
  • 出題は一般常識や時事関連、著名人のエピソード・名言、時代を反映したエピソード、事件簿、アメリカンジョークなどの珍問・奇問の問題が中心で、知識より勘やユーモアを問う問題が比較的多かった
    中には出場者のタレントに関するエピソード問題や、普通の辞書には載っていないユニークな漢字の出題もあった
    出場者に関係する問題については、解答に入る前に司会者から出場者に対して「○○さん(みなさん)は黙っていてくださいね!」と注意があった

倍率・オッズ

  • 基本的な倍率の付け方は、通常問題は1倍から10倍まで
    三択問題は1倍から7倍まで(初期は1倍から5倍までだった)
    最後の問題(合図として出題前に約2秒のチャイムが鳴る)では、設定された倍率がさらに2倍になった
  • 番組の初期は、司会の巨泉と、レギュラーオッズマンの藤村俊二と、ゲストオッズマン(ゲスト解答者と親しい人例・ゲスト解答者が植木等の時、ゲストオッズマンはハナ肇だった)の3人で解答者の倍率を決めていた
    これは、解答者の正解不正解を、競馬の予想マーク(◎○△×)で予想するもので、3人全員がマークを付けない状態では「10倍」であり、マークの種類と個数に応じて倍率が下がっていった
    ただし、どのマークでどれだけ下がるかの規則性は、番組内では明らかにされなかった
    なお、競馬の予想マークは倍率の下に表示していた
    その後、解答者が6人から5人に整理された際に、予想マークや倍率を下げるルールが廃止され、巨泉が単独で倍率を決める方法に改められたが、「最高倍率は10倍(最終問題は20倍)」というルールはそのまま継続された
    巨泉はこのリニューアルについてのちに「複雑すぎて視聴者に受け入れられず、視聴率が取れなかった
    それなら思いっきり単純にしようと思って、オッズマン制をやめた」と語っている
    要するに競馬等のギャンブルを全く知らない視聴者にもわかりやすくするためでもあった
  • 倍率は、概ね1枠・2枠・5枠には5〜10倍(三択問題では最大7倍だが、徳光時代ではゲスト解答者(ダニエル・カール、藤田朋子、松田聖子、加藤博一、久本雅美、赤井英和)に8倍が、更に瀬川瑛子に9倍が付いたことがある
    )、3枠と4枠には2・3・4倍(いずれも最終問題はさらに2倍)が表示されていたが、ごくまれに「1倍」がついたこともある
    「1倍」の設定は正解率の高いはらたいらが多かったが、その他の解答者でも専門・得意分野にちなんだ問題では「1倍」が設定されたことがあった
    また、番組初期から中期にかけてはごくまれに、はらに5倍、竹下にも5〜10倍(例:竹下が誕生する以前の時代での問題が出題された場合など)という高倍率が設定され、最終問題で彼らに10倍が出たこともある
  • 最終問題では倍率が2倍になるため、確実に2〜20の偶数がオッズになるのだが、初期は単純に1〜20倍の間で倍率が決められたため、最終問題の倍率が2桁の奇数になる場合もあった
  • 徳光への司会交代後の中期からは倍率が毎週ほぼ固定制になり、問題内容ã
    «å¿œã˜ãŸå€‹ã€…の倍率判断が全くなされなくなった
    (例えば、第809回、1991年10月26日放送分の1問目の主婦向けの問題に普段通りはらに2倍、竹下に3倍が付いたり、第791回、1991年6月15日放送分の山田邦子の「邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド編)」の歌詞問題に、世代的にかなり有利と思われる井森に9倍が付く等
    因みにその問題に井森は正解した
    )また時々つけられていた「1倍」という倍率もつけられることが少なくなっていった
  • 倍率発表の際の司会者の決まり文句としては、以下のものがあった
    • 「倍率ドン!!」(倍率発表の際に発する)
    • 「倍率ドン! さらに倍!!」(最終問題で倍率が2倍になるときに発する
      主に巨泉)
    • 「倍率ドン! さらに倍してドン!!」(同上
      主に徳光)

点数賭け

  • この番組での的中時の配当は、日本における公営競技(中央競馬・地方競馬・競輪・競艇・オートレース)のパリミュチュエル方式ではなく、いわゆる「n to 1」というブックメーカー方式で行われており、持ち点を賭けた時点では持ち点が減らないルールになっている
    例えば3,000点を持っているチームが、3倍の解答者に500点を賭けて正解した場合の持ち点は「3,000+500×3=3,000+1,500=4,500」点となる
    不正解の場合は「3,000-500=2,500」点(倍率は関係ない)となる
    前述した「1倍」という倍率が存在したのはこのためである
  • 「全員不正解」という事態は、番組当初においては想定されておらず、初めて生じたときには、通常通り「不正解者に賭けた」こととして減点されたが、その翌週より「そもそも誰が正解しているかを当てるゲームであり、全員不正解というのは根本的にゲームが成立していない状態である」という見解(実際の競馬でいうところの「競走不成立」となった状態と同じ)に統一され、「全員不正解の場合、賭け点はすべて返す」というルールが追加された
    そのため、誰にも賭けられていない解答者が単独で正解した際に、巨泉がその解答者に「余計なことをしましたね~
    」などとこぼすのがお約束となっていた
    (特に高倍率傾向にあった1枠・2枠解答者に対して)
  • 点数の全賭けは殆どの場合、最終問題で行われた(全賭けで失敗し0点になると失格となりゲーム終了のため)が、第752回(1990å¹´8月11日放送分)の6問目でゲスト解答者の汀夏子(倍率は6倍)に緑チームがそのとき持っていた3,000点全てを賭けるという珍事が発生した(汀は正解した)

シンキングタイム

  • クイズの解答は、テーブルに設置されているロールペーパー式の解答用紙にマジックペンで書き、それを天井のカメラで撮ってモニターに映しており、文字は白抜きで表示された
    また新しい紙は、解答者から見て左側にあるボタンを押すと出て来る
    その為、モニターが開いている時(答えを開ける前の「クイズダービー」表示でない時)、解答用紙の所に手を置いたり顔が入ったりするとモニターに手や後頭部が映る、書いた解答が横にスクロールする所が見られる事もあった
  • 「草競馬」のBGMが流れている間は、解答の修正が認められていた
    最初の解答を抹消して改めて答えを書いたり、複数の解答を羅列し最終的な答えを○で囲んで答えとすることが可能であった
    このケースは特に篠沢秀夫が使用することが多かった

解答発表

  • 司会者の「せーの、ドン!」(番組開始当初は「ハイ!」)の掛け声とともに、解答者の頭上にあるモニターに解答が表示される
    正解の場合は正解した解答者のモニターの背景色が青から赤に変わり、倍率表周りのランプが点灯回転した
    さらに賭けられた解答者に対しては、ファンファーレ(番組開始当初は馬の鳴き声だった)が鳴らされ、的中した出場者の得点表周りのランプも点灯回転した
    賭けられなかった解答者が正解の場合、ファンファーレはなく、観客の拍手のみ
  • 解答の開け方には、順番に開ける場合と一斉に開ける場合とがあり、順番も以下に示すように、場合によってまちまちだった
第1問目
最初の問題では解答者の紹介を兼ねて1枠から順に解答を開けていった
その際、レギュラー解答者については先週の成績が「○問正解」ではなく、「○勝×敗」という表現で司会者より発表され(年初めの放送では、前年ä¸
€å¹´é–“の成績と勝率〈○割△分□厘〉を発表)、過去に出場経験があるゲスト解答者については通算成績が発表された
ただし、末期の週替わりレギュラー制となってからは、テロップで前回の成績が表示された
三択問題
三択問題では答えが3つしか存在しないため、基本的に一斉に答えを開いていた
答えを開ける際で、答えの分布が○:△:□=2:2:1の場合「3つに分かれました
○は2人、△は2人、□は1人」、○:△:□=3:1:1の場合は「○という答えが圧倒的に人気で3人、△は1人、□は1人」、○:△:□=3:2:0の場合「□と書いた人はいない、○が3人、△は2人」、4:1の場合「なんとひとりをのぞいてみんなおんなじこたえ!」といった決め台詞が存在し、その後一斉に全員の解答を開く「いっぺんに開けます
せーの、ドン!」(徳光が時々「せーの、ドン!」の所を「よーい、ドン!」ということがあった)という形式だった
また「なんと全員同じ答えです!」と言ったり、いきなり「いっぺんに開けましょう」との号令で、5人全員正解と言ったこともある(逆に全員不正解の場合もあり)
一般問題でも「一人を除いて皆同じ答え」で一斉に答えを開けたことが時折あり、その後大抵は「○○さん(篠沢教授、井森が多い)以外は全部正解」となるパターンだったが、たまに「○○さん一人だけ正解」「全員不正解」となったケースもあった
なお一人だけ正解の場合は、予め司会者がとある解答者に対して「○○さん、(『一人を除いて』のひとりは)あなたでは有りません!」と安心させていたが、そう言われた解答者は不正解であった
極稀にゲスト解答者が「一人を除いて皆同じ答え」の台詞を聞いた後に自分ではないかと思い込んで書き直し、不正解となってしまうこともあった
なお最終回を除く巨泉時代のすべての回(復活特番も含む)と徳光時代の回の途中までの回は問題表示の際、出題内容と選択肢を一括表示していたが、後者の途中から最終回までの回は出題内容と選択肢が別々に表示される形式へ変更され(出題者が選択肢を読み上げる際に、表示を切り替え)、同時に問題表示の書体もナール体へ一新された(一般問題も同じ)
その他の問題(一般問題)
一般問題(1問目以外)においては司会者の裁量で、大抵は誰からも指名がなくかつ間違えているだろうと思われる解答者の答えから順に開けていった(1・2・5枠のいずれかから開けることがほとんどであった
また奇を衒って、いきなり正解の解答者の解答を開けるといった演出もあった)
指名された解答者が全員不正解の場合、別の解答者を最後に残し、「○○さん(はらが多い)ができなければ、お返しします」の台詞で答えを開けており、この場合、大抵その解答者は正解であるが、たまに不正解で「お返し」となる場合もある
ただし同一解答が複数いる場合は一斉に答えを開けたこともあるが、はらと答えが同じで尚且つ正解の場合は、まずはらと答えが同じという事は告げずに解答を開けて正解、その後はらの答えも開けて正解という演出があった
番組開始当初は出場者の順番を追ってそれぞれ賭けた解答者から枠番で「ハイ、○番!」と解答を開けていた

得点・賞金

  • 最終的に獲得した点数がそのまま1点=1円で賞金となった
    最終問題に関係なく持ち点が10万点に達したか超過した場合、または0点になって失格とな
    った場合、そのチームのみその時点でゲーム終了となり、次の問題以降は参加できなくなる
    『クイズダービーベスト500』では10万点という点数をクイズダービーの合格点と定義している
  • 持ち点が10万点に達するか、それを超過した場合、賞金は10万円となり、10万円を超過した分は「TBSカンガルー募金」(現・TBS未来への生命募金)[7]に寄贈された
    これは製薬会社団体の紳士協定により、懸賞賞金が10万円までと定められていたためである
    1チームでも10万点獲得チームが現れると、番組のエンディングで流れるテーマ曲の一部分がファンファーレとして鳴るとともに、出場者席の背後にある電飾および得点表周りの電飾が点灯し、天井に吊るされたくす玉が割られ、大量の紙吹雪と極細の紙テープの固まり2束が降り注ぐ中、男性には白、女性には赤のダービーハットがアシスタントによってかぶせられた
    くす玉割りは毎日放送『アップダウンクイズ』の末期と同様、スタッフの機械操作で行われていた
    なお、字幕スーパーは一切出なかった
  • 10万点獲得は最終問題で「最後の賭け」の結果達成するパターンが大半だったが、前述した通り、まれに最終問題に至る前に10万点獲得に至ったチームも現れた
    例えば、1988年4月9日放送の奥田瑛二・麻生祐未ペアは、5問目終了時点で持ち点を71,000点まで増やし、6問目で3倍の竹下景子に20,000点賭けたところ、竹下が正解したため、持ち点が131,000点となった
    第614回、1987年11月7日放送分で、7問目時点で56000点持っていたチームが6倍の山崎浩子に16000点賭けたところ正解したため、152,000点を獲得した
    また、第7問目までに全チームがあわや10万点獲得に至るまでなろうとしていたことがあった
  • 大抵の回は10万点に達するチームが出たが、全チーム0点または逆に全チーム10万点となったケースも年に数回あった
    最終問題であっても、確実に
    賞金を持ち帰るために正解率の高い(倍率の低い)解答者(主にはらたいらや竹下景子)に賭けて10万点に届かなかったチームもあれば、全額を賭けずに少し点数を残したチームもあった
    中には計算違いをしたり、最終問題に至るまでに0点となり失格になったチームも存在した

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です