「ボールのようなことば。」糸井重里

ボールのようなことば。糸井重里(2012)

見ることは愛情だと、かつて僕は言ったけれど、
聞くことは敬いだ。
聞かれるだけで、相手はこころ開いていく。
聞いているものがいるだけで、相手はうれしいものだ。

いいたいことが10あるなら、
それをとにかく1にしぼって伝える。

自分たちはいいことしてると思っていると、
絶対にろくなことはありません。
いいことをしてない人に、強く働きかけようとしたり、
いいことをしてるのだから、と、
図々しく声高になったりしやすくなります。

勇気が必要だと思われていることを、
じっさいにやっている人がいる。
そのほとんどが勇気よりは、
経験がさせてくれているのではないか。

おもしろがってやることでも、すっごく真剣にやることでも、
いつ、どんなふうにやめるか(飽きるか)?を、
ちゃんと考えておくことが、とても重要です。
…それを、わかっていたいと思うことは、
それを長続きさせるための方法を手に入れることです。

多忙は怠惰の隠れ蓑であると、何回でもじぶんに言おう。

脂肪も含めて、その人だとも言えるよね。
ゴミも含めて、人の生活ですしね、
いねむりしてる時間も含めて、一生ですし、
おならも含めて、恋人だったりもするわけです。

わからないですねが言えるようになると、
ものすごくいいです。
なにがどういいのか、うまく言えないのですが、
とにかく息がらくになると思います。

知らずにうそをついている場合があるので、
気をつけよう。
(形式や、常識、先例は、うその宝庫である)

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