藤原辰史:パンデミックを生きる指針—歴史研究のアプローチ

岩波新書編集部 4月2日 読了時間: 22分

…スパニッシュ・インフルエンザの過去は、現在を生きる私たちに対して教訓を提示している。
クロスビー『史上最悪のインフルエンザ——忘れられたパンデミック』『史上最悪のインフルエンザ——忘れられたパンデミック』(西村秀一訳、みすず書房、2004年)を参考にしつつ、まとめてみたい。

第一に、感染症の流行は一回では終わらない可能性があること。
スパニッシュ・インフルエンザでは「舞い戻り」があり、三回の波があったこと。
一回目は四ヶ月で世界を一周したこと。
一回目よりも二回目が、致死率が高かったこと。
新型コロナウイルスの場合も、感染者の数が少なくなったとしても絶対に油断してはいけないこと。
ウイルスは変異をする。
弱毒性のウイルスに対して淘汰圧が加われば、毒を強めたウイルスが繁殖する可能性もある。
なぜ、一回の波でこのパンデミックが終わると政治家やマスコミが考えるのか私にはわからない。
ちょっと現代史を勉強すれば分かる通り、来年の東京五輪が開催できる保証はどこにもない。

第二に、体調が悪いと感じたとき、無理をしたり、無理をさせたりすることが、スパニッシュ・インフルエンザの蔓延をより広げ、より病状を悪化させたこと。
何より、軍隊組織に属する兵士たちの衛生状況や、異議申し立てができない状況を考えてみるとわかる。
過労死や自殺者さえも生み出す日本の職場の体質は、この点、マイナスにしか働かない。

第三に、医療従事者に対するケアがおろそかになってはならない。
スパニッシュ・インフルエンザを生きのびた人たちの多くが、医師や看護師たちの献身的な看病で助けられたと述懐している。
目の前の患者の命がかかっている場合、これらの人たちは、多少自分が無理しても助けようとすることが多いことは容易に想像できよう。
しかし、いうまでもなく、日本の看護師たちは低く定められた賃金のままで、体を張って最前線でウイルスと戦っていることを忘れてはならない。
世界現代史は一度だって看護師などのケアの従事者に借りを返したことはないのである。

第四に、政府が戦争遂行のために世界への情報提供を制限し、マスコミもそれにしたがっていたこと。
これは、スパニッシュ・インフルエンザの爆発的流行を促進した大きな原因である。
情報の開示は素早い分析をもたらし、事前に感染要因を包囲することができる。

第五に、スパニッシュ・インフルエンザは、第一次世界大戦の死者数よりも多くの死者を出したにもかかわらず、後年の歴史叙述からも、人びとの記憶からも消えてしまったこと。
それゆえに、歴史的な検証が十分になされなかったこと。
新型コロナウイルスが収束した後の世界でも同じことにならぬよう、きちんとデータを残し、歴史的に検証できるようにしなければならない。
とくにスパニッシュ・インフルエンザがそうであったように、危機脱出後、この危機を乗り越えたことを手柄にして権力や利益を手に入れようとする輩が増えるだろう。
醜い勝利イヴェントが簇生するのは目に見えている。
だが、ウイルスに対する「勝利」はそう簡単にできるのだろうか。
人類は、農耕と牧畜と定住を始め、都市を建設して以来、ウイルスとは共生していくしかない運命にあるのだから(たとえば、ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史——国家誕生のディープヒストリー』『反穀物の人類史——国家誕生のディープヒストリー』みすず書房、2019年)。
もしも顕彰されるとすれば、それは医療従事者やケースワーカーの献身的な働きぶりに対してである。

第六に、政府も民衆も、しばしば感情によって理性が曇らされること。
百年前、興味深い事例があった。
「合衆国公衆衛生局は、秋のパンデミック第二波の真っ只中、ほかにやるべき大事なことが山ほどあったにもかかわらず、バイエル社のアスピリン錠の検査をさせられていた」。
これは、「1918年当時の反ドイツ感情の狂信的なまでの高まり」が、変な噂、つまり、ドイツのバイエル社が製造していたアスピリンにインフルエンザの病原菌が混ぜられて売られているという噂が広まっていたためである(クロスビー『前掲書』259頁)。

現在も、疑心暗鬼が人びとの心底に沈む差別意識を目覚めさせている。
これまで世界が差別ととことん戦ってきたならば、こんなときに「コロナウイルスをばら撒く中国人はお断り」というような発言や欧米でのアジア人差別を減少させることができただろう。
あるいは、政治家たちがこのような差別意識から自由な人間だったら、きっと危機の時代でも、人間としての最低限の品性を失うことはなかっただろう。
そしてこの品性の喪失は、パンデミック鎮静化のための国際的な協力を邪魔する。

第七に、アメリカでは清掃業者がインフルエンザにかかり、ゴミ収集車が動けなくなり、町中にごみがたまったこと。
もちろん、それは都市の衛生状況を悪化させること。
医療崩壊ももちろん避けたいが、清掃崩壊も危険であること。

第八に、為政者や官僚にも感染者が増え、行政手続きが滞る可能性があること。
たとえば、当時のアメリカの大統領ウッドロウ・ウィルソンも感染者の一人である。
彼が英仏伊と四カ国対談の最中に三九・四度の発熱で倒れ、病院に入院している間、会議の流れが大きく変わり、ドイツへの懲罰的なヴェルサイユ条約の方向性が決まってしまった。

…武漢で封鎖の日々を日記に綴って公開した作家、方方は、「一つの国が文明国家であるかどうか[の]基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。
基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」(日本語訳は日中福祉プランニングの王青)と喝破した。

情報源: 藤原辰史:パンデミックを生きる指針——歴史研究のアプローチ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です