「最強クラス」の台風19号が近づく。気象庁は近畿地方への上陸を予想した。
昨年10月12日、新大阪駅に近いJR西日本近畿統括本部で本部長の長谷川一明(57)が、翌13日の運休を決断した。反対の声は上がらなかった。
当日、京阪神の主要路線の運行は午後4時で打ち切られ、異例の“予告運休”として大きな反響を呼んだ。事前の防災行動計画を立てる「タイムライン」とこぞって報道されたが、社員の受け止めは異なる。「そんな考えはない。『何かあってからでは遅い』に尽きる」。脳裏にあるのは、尼崎JR脱線事故だ。
脱線事故前、運行を優先し、運休には消極的だった。運転士は電車を走らせながら無線でやりとりし、遮断棒が折れた踏切でも電車を通過させていた時期もあった。
「私鉄との競合意識が強かった。だが、脱線事故でその考えは間違いだったと突きつけられた」と、ある中堅社員は振り返る。利益優先で安全軽視と批判されたJR西。もう後がない。企業体質の刷新にもがく姿が垣間見える。
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JR西は本年度、安全に関する社内監査を第三者機関が評価する仕組みを、JRグループで初めて導入する。契約の相手は、ノルウェー・オスロに本拠地を置く国際的な評価機関だ。
今月15日、JR西社長の真鍋精志(61)が会見で公表。「社内監査の弱点は、組織への配慮。監査そのものの課題を抽出し、安全性を向上させたい」と力を込めた。
「JR西の安全を世界的指標でチェックできる。先進的な面や、そうではない面が浮き彫りになる」と遺族の浅野弥三一(やさかず)(73)=宝塚市=は期待する。
導入の背景には、遺族の強い働きかけがあった。
昨年4月、浅野ら遺族とJR西、識者でつくる「安全フォローアップ会議」は、第三者評価の導入を提言した。会議は、余裕のないダイヤや虚偽報告がまん延した企業風土など組織的要因の連鎖が事故を引き起こした、と結論づけた。
JR西は、同会議の提言を受け入れ、第三者評価の具体化につなげた。また、提言に沿い、人為ミスを懲戒処分の対象から外す方向で検討を始めた。
事故当初、浅野ら遺族は大阪市のJR西本社に何度も足を運び、事故の説明を求めたが、警察の捜査などを理由に拒まれ続けた。
「怒りは横に置く。だから一緒に考えよう」。4年がかりでJR西を対話の席に着かせた。
「遺族の役割は一つの区切りを迎えた」と、浅野は思う。JR西は第三者評価の結果を公表する方針で、今後、安全性の評価は社会に委ねられるからだ。
JR西は安全になったのか-。浅野は首を横に振る。「安全への歩みは、これからが本当の一歩だ」=敬称略=
(金 旻革)