中国ではやっている国内旅行の形態に「レジャー農業(休閑農業)」がある。農業の景観や資源を使って観光やレジャーを楽しんでもらうという、新しい農業の経営形態を指す。農山漁村で自然・文化・人との交流を楽しむ、日本でいうところのグリーンツーリズムに近い。レジャー農業の浸透が進めば、人気旅行先の日本でも農村を楽しみたいというニーズが今後出てくるはず。日本の農村にとっても、このブームは福音となる可能性がある。市場規模は2020年までに17兆円超え
中国のレジャー農業と農村旅行をグレードアップし、2020年までに産業規模をもう一歩拡大し、営業収入の増大を続け、兆元(1元は約17円)を超えるよう注力する――。こんな通知が出されたと4月中旬に報じられた(http://www.ce.cn/culture/gd/201804/18/t20180418_28863327.shtml)。グリーンツーリズムという言葉を耳にしたことのある方は多いだろう。海外なら例えばフランスのワインの醸造施設や貯蔵庫、ブドウ園が一体となったシャトーに泊まる、イタリアの農家に泊まる、イギリスの田園風景の美しいコッツウォルズを訪れるといった旅行がよく知られている。ただ、中国とグリーンツーリズムがパッと結びつく人は少ないのではないか。それなのに、あと2年ほどで17兆円を超える市場規模にするというのだ。
中国のグリーンツーリズムというと、海外客に馴染みがあるのは雲南省だ。果てしなく菜の花畑の広がる羅平に代表される、美しい農村景観を楽しもうと訪れる観光客は多い。こうしたもともとあったグリーンツーリズムに加え、ここ数年、新たな分野が開拓されている。
週末に農場を訪れて、収穫体験やバーベキューを楽しむ。農家レストランで食事をする。いちご狩りやリンゴ狩り、茶摘みをする。観光用に様々な植物の栽培されたハウスを訪れる……。こうした体験のすべてがレジャー農業に含まれる。そして今、レジャー農業は「火爆(フオバオ、かなり勢いが盛んという意味)」と言われるほど人気になっている。
もとは官製の旅行需要
なぜこれほどまでに人気を博しているのかというと、都市化が進んで、農的な体験を通して生活に潤いを取り戻したいというニーズが出たというのも理由の一つ。ただ、この旅行需要の創出は、官の主導で進められている。中国の土地制度の維持の必要からだ。中国の国土のほとんどは農村地域だ。日本もそうだが、農地は他の目的に使う転用が認められない限り、農地としてしか使うことができない。都市化の進行する中で、多くの優良農地が商業施設や住宅地に転用されてきており、この流れは今後も続くのだけれども、中国では食料安全保障の観点から、「18億畝(ムー、1畝は666.7平方メートルで18億畝は120万平方キロメートル)の耕地のレッドライン」という死守すべきラインが設けられている。18億畝というのは、日本の国土面積の軽く3倍はある。
つまり、農地の際限ない転用は国の方針として認められない。しかし、農村部の過疎化、高齢化、貧困は深刻で、農地面積当たりの収益を上げないことには農村を維持できなくなっている。解決策の一つが、レジャーと農業の融合で、農業を稼げる産業にすることなのだ。国を挙げてレジャー農業の促進をうたい、投資を奨励している。「休閑農業」というキーワードで検索すると大量の官製ニュースがヒットする。
日本でイメージする、農村景観を生かしたグリーンツーリズムとは距離のあるような、新しくロッジを建てたり、池を掘ったり、いかにも農村に大型レジャー施設を作ってみましたという、やりすぎ感のあるものもみられる。農業部(日本の農林水産省のような組織)でレジャー農業旅行の目的地を紹介するサイトを作っているので、ここから任意の地域を選んで見てもらえば、レジャー農業がどういうものかだいたいイメージが付くかと思う(http://www.moa.gov.cn/ztzl/xxly/)。
政府の強力な後押しで、農村部への投資は増えている。人民日報の「投資熱は農民に冷や水を浴びせてはいけない」という5月13日の記事(http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2018-05/13/nw.D110000renmrb_20180513_2-10.htm)によると、第1四半期の農業分野の固定資産投資は2900億元(5兆円弱)で、昨年に比べ24.2%伸びている。記事は、長年、農村から都市への資金などの要素の流入が農村の「失血」を招いていたとして、農業や農村が投資のホットスポットになっていることを歓迎。政府の投資だけでなく、民間の投資も増えていると指摘する。ただ、民間投資がレジャー農業の名を借りた不動産開発になっている例もあり、「ハウス住宅」や「ハウス別荘」が出現しているという。ハウス住宅というのは、農業用ハウスのような感じの住宅で、写真はこちらのリンクを見て頂きたい(https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_2126854)。
農業と無縁の投資家が、風が吹いているからとレジャー農業に進出する例は多い。田舎に帰って起業することを政府が奨励しているのもあって、Uターンでレジャー農業を始める人もいる。ただ、単によそのまねをして差別化ができず、事業に失敗する例も多い。
日本へ視察に訪れている
何はともあれ、レジャー農業が一大市場を形成しつつあることは、隣国の日本に良い影響を与える可能性がある。というのも、中国のレジャー農業が始まったのはせいぜい1980年代のこと。それに比べ、日本の観光農園や観光牧場の歴史は古く、ノウハウもある。日本に学ぼうと、中国のレジャー農業の事業者が視察で訪れるということが、実際に起きている。中国人が国内でレジャー農業の楽しみ方を知ったことは、彼らの海外旅行の仕方にも影響するだろう。中国人の人気渡航先一位をタイと争う日本でも、今はまだ大都市圏での観光と買い物がメインの旅行スタイルが、農村でのグリーンツーリズムへと深化していく可能性は高い。実際、中国人が日本の田舎で古民家を購入・改装して中国客向けの宿にするといった話は少なくない。日本の観光農園や農家民宿は今のところ台湾客の利用が多いが、中国客は基本的に台湾客の後を数年遅れで追う流れにあり、かつ自国内ですでにレジャー農業が浸透しているので、今後利用は増えていくだろう。
中国の国内問題の解決を目的に拡大したレジャー農業だが、日本の農村の振興という思わぬ効果ももたらそうとしている。向こうからやってきた千載一遇のチャンスを生かさない手はない。