2020年4月15日 17時00分
100年前に「スペイン風邪」が大流行した当時の内務省の報告書に注目が集まっている。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、カミュ『ペスト』が異例の売れ行きで話題だが、小説だけでなく、かつて刊行された感染症にまつわる本がじわじわ売れている。
全容がまだ見えないウイルスと向き合う手がかりを、本に求める読者が増えているようだ。2008年に刊行された『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』(東洋文庫)は、1922年刊行の内務省衛生局による報告書に解説を付けた一冊だ。
解説を書いている仙台医療センターのウイルス疾患研究室長・西村秀一が、古書として出回っていたこの本を入手したのが刊行のきっかけだ。
「現代に復活させようという強い思いが生まれた」と記している。品切れ状態だったが、3月末に、ウェブで無料公開(4月30日まで)すると大きな反響があり、刊行以来初の重版になった。
カタカナで書かれた文章をひらがなにし、旧字を新字に改めるなど現代でも読みやすくしているが、内容は基本的にそのまま。
18年から1年以上にわたって世界中で流行したスペイン風邪では国内だけで38万人以上の死者を出したとされるが、「人の密集を避ける」といった基本は変わっていないことがわかる。
西村は「あのころからもう一世紀もたとうとしている今、われわれはいったいどれだけ進歩したのだろうか」と同書で問いかけている。西村による訳で、パンデミックの基本書とされるアルフレッド・クロスビー『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房)も、3月以降、2度の重版がかかった。
アメリカ史や地政学が専門の著者が、スペイン風邪で感染爆発の起こった街や船の状況について具体的に検討している。
こちらでも、マスクの効果を巡る議論や医療崩壊などが現代に通じる部分は多い。1983年に刊行された、科学史・科学哲学が専門の村上陽一郎『ペスト大流行』(岩波新書)が、品切れ状態から約1万部増刷した。
古代以来のペスト流行の実態や人々のパニックをたどり、原因を巡る医学や占星術の論争を紹介する。より長い時間軸を扱った本では、カナダ生まれの歴史学者ウィリアム・H・マクニールによる『疫病と世界史』(中公文庫)が3月末に1万5千部を重版した。
担当編集者は「長い人類史のなかで、感染症との闘いがいかに繰り返されてきたものかが痛感する」。世界各地で感染症対策に取り組んできた山本太郎の『感染症と文明』(岩波新書)は、2011年の刊行時は初版に留まっていたが増刷を繰り返した。
担当編集者は、「『ウイルスとの戦い』という言説が多いが、文明の中で必然的に出てくるもので共存せざるを得ないものだとしている点に独自性があるのではないか」と話す。
山本太郎『感染症と文明』(岩波新書)「ペスト」累計100万部突破
小説では、『ペスト』(新潮文庫)が売れ続けている。
都内のある大型書店では、「『ペスト』お一人様1冊までとさせていただきます」と掲示が出されて、話題になった。
新潮社によると、2月以降で15万4千部を増刷し、累計発行部数は104万部になった。
ペストにより封鎖された街で、伝染病の恐ろしさや人間性を脅かす不条理と闘う人々を描く。
フランスやイタリア、英国でもベストセラーになっているという。
カミュ『ペスト』(新潮文庫)日本の小説で、新型コロナによる混乱を「予言している」と注目が集まったのは、高嶋哲夫『首都感染』(講談社文庫)。
中国で強毒性の新型インフルエンザが発生し、東京が封鎖される。
2月以降、計6万4千部増刷した。講談社の担当者は「パンデミックが発生した場合に、何が起こるのか、どのように対処したら良いのかを、読んだ人が冷静に判断できる内容」という。
高嶋哲夫『首都感染』(講談社文庫)ほかに小松左京『復活の日』(角川文庫)は1万7千部の増刷。
天然痘に苦しむ村を描いた吉村昭『破船』(新潮文庫)も売れている。(滝沢文那)