2020/6/13付日本経済新聞
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い本格化した在宅勤務を定着させる動きが広がっている。
欧州では「在宅勤務権」の法制化が始まり、米国企業は在宅勤務の恒久化を決める例が相次ぐ。
日本でも実施企業は増えたが、ルール作りなどで遅れている。
在宅勤務は企業の競争力も左右する可能性がある。
「本人が希望し職場も許すなら、コロナ後でも在宅で働けるようにすべきだ」――。
ドイツのハイル労働・社会相は4月、現地紙のインタビューにこう述べた。
労働者が企業などに在宅勤務を要求する権利を認める法案を今秋までに準備したいという。
企業が要求に応じない際の罰則は想定せず理由を説明する義務などが盛り込まれそうだ。新型コロナを契機にドイツ国内で在宅勤務する人は12%から25%に上昇した。
経済活動は徐々に正常化しているが電車通勤の混雑を避けるため、ホワイトカラー中心に在宅勤務する人は多い。ドイツでは近年、所定労働時間を短縮する動きが進んできた。
在宅勤務では公私の区別があいまいで長時間労働につながる恐れがある。
運用ルールを整備し労働者の権利保護を確実にする思惑もある。英国でも現地紙が5月、政府が在宅勤務権の法制化を検討していると報じた。
欧州の一部ではすでに在宅勤務権が認められている。
フィンランドでは20年1月、労働時間の半分以上を自宅を含む好きな場所で働ける法律が施行された。オランダでは16年、自宅を含む好きな場所で働く権利を認める法律が施行された。
労働者が企業に在宅勤務を求めた場合、企業は拒めるが、その理由を書面などで説明する義務がある。欧州では1990年代からワークライフバランスの確保や女性の労働参加の促進などを目的に労働時間の削減が加速してきた。
こうした背景から、長時間の通勤を避けられる在宅勤務がいち早く浸透した。米国では企業主導で在宅勤務の定着が進む。
ツイッターは5月、約5千人の全従業員の永続的な在宅勤務を認めた。
保険大手ネーションワイドなども無期限で認めている。
IBMが4月に米国の2万5千人を対象に実施した調査では、54%が在宅勤務を含むテレワークを基本的な働き方とすることを希望した。日本では法制化の動きはまだないが、実施企業は増えている。
パーソル総合研究所(東京・千代田)によると、5月29日~6月2日の在宅勤務を含むテレワークの実施率は25.7%と3月の2倍だ。もっとも日本での定着には人事評価制度や労働法制の改革が必要だ。
日本は労働時間に応じた給与体系が一般的で、企業側は在宅勤務を導入すると残業代の計算方法などが複雑となる。
労働者にとっては長時間労働につながりやすい面がある。
あらかじめ労使で決めた「みなし労働時間」で賃金を決める裁量労働制では、研究開発職など専門業務に限られる。経済協力開発機構(OECD)の18年の統計では、在宅勤務の導入率(部分導入含む)が8割超とされる米国は時間当たりの労働生産性が日本の1.6倍だ。
法制化したフィンランドや議論が始まった独英なども日本より3~6割高い。
在宅勤務に積極的な国は生産性が高い傾向がみられる。ただ生産性向上につながるかは評価が割れる。
米国でも対面型のコミュニケーションを重視する企業は多く、アップルなどは今夏のオフィス勤務の本格再開に動くもようだ。
個人の生活様式や職種、役割に応じて適した働き方は変わる。
企業には在宅勤務も組み合わせ、多様な働き方を受け入れる環境づくりが求められる。(雇用エディター 松井基一、ベルリン=石川潤、橋本慎一)