「東京は土地でも何でも世界一高い」といわれたのも今は昔、物価も賃金も安い国となりつつある日本。
いつの間にか物価上昇を続ける諸外国との乖離(かいり)は進み、都内で最も富裕層が多いとされる東京・港区の平均所得者ですら、米サンフランシスコの基準で言えば「低所得者」と分類されることに――。
『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(日本経済新聞出版)より抜粋する。…G7で最も平均賃金が低い国
今や日本の平均賃金は主要7カ国(G7)で最下位だ。
経済協力開発機構(OECD)などのデータを基にした分析によると、日本で過去最高だった1997年の実質賃金を100とすると、2019年の日本は90.6と減少が続いている。
海外は米国が118、英国は129など増加傾向にある中、日本だけが減っているのだ。
実質賃金とは物価変動の影響などを除いたものであり、日本の賃金の安さを端的に表していると言える。また、2019年の平均賃金(年収)を、同年の米ドルを基準とした購買力平価(PPP)を使って国際比較しても、日本の低迷ぶりが際立つ。
PPPレートは為替レートよりも各国の購買力の実感に近いものだ。
日本(3万8617ドル)はスイス(6万6567ドル)や米国(6万5836ドル)に大きく差を付けられた。
韓国(4万2285ドル)やイタリア(3万9189ドル)よりも安い。
『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(日本経済新聞出版)から
つまり物価の違いがなくても、日本の賃金は安い。年収1200万円港区住民はサンフランシスコでは「低所得者」
2019年末に日本経済新聞や日経電子版で連載した「安いニッポン」シリーズで、特に反響があったのは「『年収1400万円は低所得』人材流出、高まるリスク」という見出しの記事だった。
ここで引用したのは、米住宅都市開発省がサンフランシスコで「年収1400万円の4人家族を『低所得者』に分類した」という数字だ
(※注…実際は「12万9150ドル」で、掲載した2019年12月の為替レートである1円=約109円で計算)。同じ米住宅都市開発省の2020年の最新版では、「年収13万9400ドル」が『低所得者』に分類されており、1年で『低所得者』の基準が約1万ドル上がったことになる。
2021年1月の為替(約103円)でも約1400万円を超える計算だ。ちなみに2020年版では、「8万7000ドル(約900万円)」は『非常に低い所得』、「5万2200ドル(約540万円)」は『極めて低い所得』と位置づけている。
…月60万円の家賃に、1人1日あたり1万円の食費
では「1000万円プレーヤー」が低所得だと言われる街、サンフランシスコでの暮らしぶりはいったい、どんなものなのだろうか。
2011年からサンフランシスコに隣接するシリコンバレーに住む藤田陽介さん(仮名)は「9年間で住宅は賃貸が1.5倍、購入価格なら2.5倍くらい上がった感覚がある。
ラーメンも1.5倍になった」と話す。2020年12月に引っ越したばかりの郊外の一戸建ては4ベッドルームで1カ月の家賃5800ドル(約60万円)だ。
1日の生活費はどのくらいだろうか。
料理宅配サービス最大手の「ドアダッシュ」を使い、藤田さんとその日の食事を選んでみた。すると、朝食(BLTサンド+アボカド、サラダ、コーラ)が計約3700円、昼食(とんこつラーメンとぎょうざ、お茶)が計約3700円、夕食(シズラーのステーキ&ロブスター、ケーキ、レモネード)が計約6400円と、1日で優に1万円を超える結果となった(配送料、チップなど含む)。
いずれも1人分だ。もちろん、米国では会員制ディスカウントストア「コストコ」などで牛肉やナッツなどの食材が低価格で売られており、自炊すれば安く抑えられるだろう。
だが外食に関しては、都心でも1000円ちょっとで定食が食べられる日本とは大きな開きがあると言える。
…こういったデータを示せば、「日本は賃金よりもやりがいを重要視する文化だ」という反論もあるだろう。
確かに「賃金以外の楽しみ」が充実して人々が幸福なのであれば、異論はない。しかし、同じ国交省の調査では、「レジャー・余暇」「生活全般」などへの満足度も日本が最下位だった。「つまりお金の豊かさもなければ、精神的な豊かさもない。
『日本は自然と四季があるから豊かな国』という古い価値観から抜けきれずにいると、このままでは本当に貧しい国になってしまう」(リクルートワークス研究所の中村天江・主任研究員)日本は1990年代前半にバブルがはじけ、企業の人件費に対する考え方がシビアになった。
非正規化も進み、国際競争力を上げるためにコストである人件費を削減することが「経営努力」だとされてきた。だが一時的に利益が上がっても、生活に苦しむ人々が増えている。
企業が発展しても賃金が低いと個人が幸せになれない。
個人が幸せにならないと企業は行き詰まるだろう。生活しやすいからといって、このまま「安さ」に満足していていいのだろうか。
米コロンビア大学の伊藤隆敏教授は「日本の安さはいずれ大きな問題として日本に返ってくることになる」と警鐘を鳴らす。
例えば個人は頻繁に海外旅行に行きにくくなり、海外ブランドのバッグやワインは高根の花になる。
英語ができて能力が高い日本人は、より高い所得を求めて海外企業に流出する。
そうでない人は、外国人に安い給料で雇われる職種にしか就けなくなり、国際的に活躍できる人材が少なくなって日本の地位がますます低下するだろう。社会全体で見たときに、現状がサステナブル(持続可能)かということが、今、改めて問い直されている。
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