2022.2.14
チップ・コンリー
著述家、ホスピタリティー起業家米シリコンバレーの新鋭スタートアップとして注目を集めた「エアビーアンドビー」に50歳代で入社し、CEO(最高経営責任者)のブライアン・チェスキー氏のメンターとして、またホスピタリティー部門の責任者として活躍したチップ・コンリー氏。
もともとはホテルチェーンの創業者で、ITとはなじみが薄かった彼が、大きく年の離れた若者たちに囲まれ、頼りにされたのはなぜか。
地位や肩書ではなく、知恵と経験によって尊敬される「新しい年長者」としての働き方について、コンリー氏の著書『モダンエルダー 40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方』から抜粋・編集してお届けします。
第2回は「モダンエルダーが備える5つの特徴」について。「モダンエルダー」とはどんな人物?
アメリカで賢い年長者の集まりといえば頭に思い浮かぶのが、最高裁判事のイメージだろう。
だが3億2500万の人口の中で賢い年長者はこの9人だけではない。海外の例で思い出されるのは、「ザ・年長者たち(エルダーズ)」と呼ばれる有名人の集まりだ。
この集まりは起業家のリチャード・ブランソンと音楽家のピーター・ガブリエルが発起人となり、ますますお互いが頼り合うようになった今の世界、つまりグローバルビレッジでは多くのコミュニティが年長者の導きを求めているという考えに基づいて作った会だ。
2007年にネルソン・マンデラ、グラサ・マシェル、ジミー・カーターなどの人道的活動で有名な世界的リーダーが参加して立ち上がったこの会は、彼らの集合的な経験と影響力を使って、今の世界が抱える喫緊の課題に取り組むことを目標にしている。しかし、ノーベル平和賞受賞者でなくとも、最高裁判事でなくても、モダンエルダーにはなれる。
しかも、ほかの集団によくある伝統とは違って、男性でなくてもいいし、年をとっていなくてもいい。エアビーアンドビーで最も活躍している年長者のひとりが、誰より忠誠心があり限りなく賢く直感の鋭い最高執行責任者のベリンダ・ジョンソンだ。
創業者のブライアン・チェスキーより15歳年上のベリンダは私の数年前にエアビーに入社し、私よりも長くあらゆる面でブライアンに適切な助言を与えてきた。
マーク・ザッカーバーグよりも年長でフェイスブックのCOO(最高執行責任者)を務めるシェリル・サンドバーグにしろ、グーグル/アルファベット社で共同創業者のラリー・ペイジより15歳年上のCFO(最高財務責任者)であるルース・ポラットにしろ、モダンエルダーに共通する5つの特徴を見ると、性別は関係ないことがわかる。モダンエルダーは、特定の年齢を超えている必要はないし、会社の中で高い地位にいなくてもいいが、周囲の人たちより年長で賢くなければならない。
25歳の若者に囲まれている40歳でも、40歳に囲まれている60歳でもいい。
生物的な年齢が何歳にしろ、モダンエルダーは重みと謙虚さをいい具合に混ぜ合わせている。失敗を生かす、蒸留・抽出する、共感する
私が知るモダンエルダーのほとんどは50歳を超えていて、次に書くようにその知恵を示してくれている。
1 優れた判断力
過去にさまざまなものを見たり経験したりすればするほど、次々とやってくる問題に上手(うま)く対処できるようになる。
年をとればとるほど、人は「環境の達人」つまり自分が活躍できる環境を作り出したり選んだりする能力に長(た)けてくる。(米国の俳優で社会評論家としても著名な)ウィル・ロジャースは「優れた判断力は経験の賜物(たまもの)で、その多くは過去の判断の失敗から生まれる」と言っている。
昔私が膝を擦りむいた経験があるから、今のあなたが転んで膝を擦りむかないように助けることができる。
モダンエルダーは、長年培った知恵に基づいて長期的に物事を見ることができる。
今の若者が激流を下ろうとするとき、流れのどこに目に見えない岩があるかを警告してくれる経験者の導きには、大きな価値がある。2 本物の洞察
経験によって得られる大切な資産のひとつが、物事をはっきりと見通す力、つまり直感的な洞察だ。
モダンエルダーは、採用面接にしろ戦略議論にしろ、雑多な情報の中から注意を向けるべき根源的な課題をとっさに見分けることができる。
この瞬時の編集能力が年長者にある種の重みを与え、誰もがその人の次の言葉にじっと耳を傾けるようになる。しかも年長者の多くは誰かに感心してもらおうともしないし自分を証明する必要もないので、賢い年長者の観察眼には飾らずとも洗練された本物らしさがある。
若い時代は「生」の材料を刈り取り蓄積する時だが、そうした材料を蒸留して最高の味と香りを抽出し、それらを混ぜ合わせて完璧に練り上げられた食事にするのが年長期だ。3 心の知能指数(EQ)
知恵とはただあなたの口から出てくるものではなく、あなたの耳と心で聞いたことをもとにあなたが理解しているものだ。
幸福は感謝と同義語だとTEDで語り伝説になった92歳のデイビッド・スタインドル・ラスト修道士は私にこう教えてくれた。「年長者がまずやらなくちゃならないことは、純粋な興味を持って若い人たちの話に耳を傾けることだと私は思う。
私たちがどれだけ与えられるかは、どれだけ真剣に聞いているかにかかっている」。ことわざにもあるように、「知識は語るが知恵は聞く」ということだ。
モダンエルダーとは、自分の気持ちに敏感で、忍耐強く相手の感情を読み取ることのできる人物だ。
つまり、自分自身の感情を理解して抑制できるし、他者の気持ちにも共感できる。私はエアビーアンドビーで働いている時にヒュー・バリーマンという21歳の社員から最大級の褒め言葉をもらった。
「それぞれの世代がどんな風に物事を考えるかっていうと、昔のラジオのたとえがぴったりくる。
比喩的な意味でも文字通りの意味でも、若い人たちはひとつの周波数だけに合わせてる。
でも歳を重ねるごとに、チャンネルを回してほかの周波数にもすぐに合わせられるようになる。
チップ、あなたはどんな周波数にでも合わせられる共感力がありますよね」物事をはっきりと見通す、前向きな影響を与える
4 俯瞰(ふかん)的な思考力
中年になると脳が一段階後退し、記憶とスピードが衰える。
だが点と点をつなげ、物事を俯瞰してその核心を摑(つか)む能力は、かなり年をとっても伸び続ける。
こうした物事をはっきりと見通す知性を持てる理由のひとつは、年長者の脳がより臨機応変にひとつの側面から別の側面へと切り替えることができるからだ。精神分析医のジーン・コーエンは、この能力を「四輪駆動」にたとえ、この力のおかげで年長者はさまざまな部分ではなく全体を見ることができると言っている。
また年長者の脳はより落ち着いて感情を抑えることができるので、冷静にパターンを認識できる。5 奉仕の心
年を重ねれば重ねるほど、この世界の片隅での小さな自分の立ち位置がわかるようになる。
そしてそれにつれてますます、これまでの人生での経験や物の見方を役立てて、未来の世代に前向きな影響を与えたいとも思うようになる。(米国の詩人・評論家として著名な)ロバート・ブライは、年長者とは受け取るのではなく与える時がきたことを知っている存在で、彼らは森の中に驚異を追い求めてインスピレーションを得る。
「意識にとっての知恵とは、自然にとっての荒野のようなもの」。
(米国の生態学者である)ジョセフ・ミーカーはそう書いている。
モダンエルダーが若い世代に残せるのは、この社会と自然に注いだ愛なのだ。汚れのない驚きの目で世界を
人は歳を重ねるごとに人間らしくなる。
ロード・オブ・ザ・リングの魔法使いガンダルフや、スター・ウォーズのオビ=ワン・ケノービのように、ただ賢い老人になるというだけではない。
モダンエルダーは周囲の期待を気に留めなくなり、無駄話を楽しめるので、若者らしく無邪気に見えることさえある。大人でありながら子供っぽさが残る現象を「ネオテニー」と言うが、心が若く世代を超越しているように見える年長者がいるのは確かだ。
かつてウォルト・ディズニーはこう語っていた。「周囲は私を『無邪気が服を着て歩いているようだ』と言うんだ。
私は子供のように無邪気で人目を気にしないってね。
多分そうなんだろう。いまだに私は汚れのない驚きの目で世界を見ているからね」(訳:大熊希美、関美和)