2023.4.12 4:15
高知県須崎市の「池ノ浦漁港」。豊富な海の幸が獲れる Photo:PIXTA年々寄付額が拡大している「ふるさと納税」。
2021年度は全国の寄付額の総計が、過去最高額となる8300億円を突破した。
自治体間の競争も過熱しており、「稼げる自治体」「稼げない自治体」で明暗がくっきりと分かれている。
そんな中、2014年に200万円だった高知県須崎市の寄付額を、たった1年で6億円、8年後には26億円まで増額させた“中の人”がいる。
須崎市は人口約2万の田舎町で、住民は「須崎には何もない」と口をそろえていたというが、どのようなからくりで成果を実現したのか。
本人に話を聞いた。(うずら制作 小林友紀)当初は200万円だった「ふるさと納税」の寄付金を
6年間で1000倍以上に拡大「最初は、こんな町で定年まで働きたくないと思ったんです」
こう語るのは、高知県須崎市の元市役所職員、守時健氏だ。
ふるさと納税担当として、2022年度までの8年間で寄付額を200万円から26億円と、実に1000倍近く増額させた立役者である。
そんな彼は、2012年に26歳で入職した直後の気持ちを先の言葉で振り返る。四国の南端、太平洋を望む人口約2万の小さな港町である須崎市には、大学時代の旅行でたまたま訪れた。
陽気にお酒を飲み、祭りで楽しげに踊る町の人の朗らかさにひかれ、半ば勢いで就職を決めた。岡山県出身で大学は大阪。
田舎暮らしへの憧れもあったという。公務員試験を突破し、晴れて市役所職員として企画部に配属された守時氏は、初めて市の惨状を知りがくぜんとする。
当時須崎市は財政状況が悪化しており、守時氏の在籍時には全国ワースト5位を記録した。
市役所内にはどこか諦めムードが漂い、住民は決まり文句のように「須崎には何にもないから」と繰り返した。
そんな状況に、思わず口を突いて出たのが冒頭の発言だった。
同時にこうも思ったという。「せっかく須崎の魅力にひかれて移住したからには、この現状をどうにかしたい」
そこで思いついたのが、当時創設されてまだ数年だったふるさと納税の制度だ。
2013年当時は、全国の寄付額の総計もまだ100億円台とまさに黎明(れいめい)期。
にもかかわらず、高知県内では2000万円超の寄付を集める自治体が登場し、一部では話題になり始めていた。
守時氏もそこに目を付けた。「須崎でも返礼品をアピールして寄付金を集めよう。
それを元手にさらに町をPRして、住民が胸を張れる町にしよう」当時はまだ入職2年目。
ふるさと納税に関する専門的な知識は皆無だったが、成果を上げられる自信があった。
入職1年目では、後に「ゆるキャラグランプリ」で1位に輝くご当地キャラ「しんじょう君」を誕生させ、SNSを駆使して6万人ものフォロワーの獲得に成功した。キャラクターを活用したファンビジネスとふるさと納税で、相乗効果が生まれるのではないかという狙いもあった。
「しんじょう君」の人気もあり、彼の提案を否定する声はなかった。「受け付ける気がなかった」仕組みを改革し
地道な営業で返礼品を開拓守時氏がふるさと納税業務を引き継いだ2014年度の須崎市の寄付額は、200万円ほどだった。
当時の仕組みは、市の公式サイトで寄付を受け付け、はがきでの申し込みと引き換えに地元産品を返送するというもの。決済方法も郵便振替もしくは現金書留に限られるなど、「受け付ける気がなかった」。
そこで、まずはふるさと納税のプラットフォームの活用に乗り出した。
決済についても、クレジットカードやコンビニ決済など幅広く処理できる手段を取り入れた。仕組みの改善と並行して、返礼品集めにも奔走した。
寄付する側からすれば最重要ともいえる返礼品だが、当時のラインアップは印象に残らない平凡なものばかり。
全体の出品数もわずかだった。「寄付のメインターゲットは都市部に住む人たち。
須崎ならではのおいしい海の幸、山の幸を生かさない手はない」自身が移住者でもあり、事業者とのネットワークはなかった。
ネット検索や人づてに情報を得ながら一軒一軒声をかけて回ったが、事業者の反応は厳しかった。
「関西弁を話す若者から、市役所の名を語る怪しい電話が来た」と、市役所宛てに詐欺を疑う連絡が入ったこともある。
市政に対する不満を一方的にぶつけられ、何時間も足止めを食ったこともあった。
それでも何度も足を運び、我慢強く説得を続けた。「ふるさと納税は事業者にとっても町にとっても(損失を出す)リスクがないんですよ。
まさにwin-win。
未知のものへの抵抗感は当然なんですけど、それさえ払拭できれば得られるメリットは大きいんです。
それを伝えたかったんですよね」初年度は30~40件の事業者に声をかけ、泥臭い交渉を経てカツオやブリなどの海産物やかんきつ類、土佐包丁などの工芸品をメインに、大幅にラインアップを増やすことに成功した。
返礼品ランキングで上位に食い込むための
地道なデータ戦略ふるさと納税のプラットフォームといえば、ふるなび、さとふるなどが有名だが、なかでも一番の老舗が2012年にオープンしたふるさとチョイスだ。
須崎市が本格的に力を入れ始めた2014年頃は、いかにふるさとチョイスで返礼品ランキング上位にランクインし、多くの人の目に留まるかが寄付額を大きく左右していたという。「どういうアルゴリズムでランキングが変動するかを、ひたすら目視で研究していました。
寝る間も惜しんで、時間があればひたすらサイトに張り付いてましたね」SEO対策などの専門知識を持っていたわけではないが、大学で推測統計学を専攻していたこともあり、データ分析は苦手ではなかった。
業務の傍ら自主研究に没頭した結果、ランキングが変動する一定のパターンがあること、掲載する時期によっても傾向が異なることなど、いくつかの法則をつかんだ。こうした法則を突き、ランキング上位に入ったことで次第に寄付が入り始める。
すると市民から向けられる守時氏への視線も、「土佐弁を話せない怪しげな兄ちゃん」から次第に変わっていった。「あれも出したい、これも出したいと、前向きな反応が明らかに多くなっていきました」
しかし、出品依頼が増えたことで思わぬデメリットもあった。
同じカテゴリーの返礼品を一度に増やしすぎたことでPVが分散してしまったのだ。
そうなるとランキングは上がりにくいうえ、須崎市内の事業者間での寄付の取り合いを招きかねない。
それ以降は「須崎のかんきつ」や「須崎のカツオ」が過剰にならないように、時には事業者を説得しながら掲載のバランスにも配慮した。徹底的な顧客視点のマーケティングで
返礼品の魅力を打ち出す守時氏は返礼品について、あえて深く知りすぎないようにしているという。
多くの寄付を集めるには、担当者がいかに返礼品の詳細を語れるかが重要に思えるが、そうではないと断言する。「無責任なレベルで客観的に見ているのかもしれません。
100点が分かる地元の人は商品の細部を伝えたいと思うかもしれませんが、その他大勢はどのみち90点までしか分からないんですよ。
和牛のA5とA3なんて、食べ比べたところで違いは分からない。
それならA5よりもA3を安く買いたいと思うのが消費者なんです」顧客にとって価値になるポイントは、必ずしも細かい点ではないと続ける。
「その一方で、他県の人にとって分かりやすい返礼品の良さは、当事者目線だと意外と見えにくい。
地元の人にとって当たり前すぎて、伝えようとしていないことが魅力的に映ったりもします。
そうした核心を的確に捉えられるのは、自分のような『よそ者』の強みだと思います」事業者と対話を重ねるなかで信頼関係を築き、同時に商売や商品の背景やストーリーについて理解を深める。
一方で、ふるさと納税のプラットフォームで返礼品を紹介する際はあえて一歩距離を置いて表現する。
解像度を使い分けながら顧客視点で価値を見極め、ビジュアルや文章に落とし込んだ。こうした前例主義にとらわれない「納税者フレンドリー」な施策を展開した結果、寄付額は目に見えて右肩上がりを記録。
取り組みから1年で6億円弱まで寄付額が急増し、寄付件数も35件から4万件超まで拡大した。
当初の狙い通り、しんじょう君のファンユーザーからの寄付流入も後押しとなった。
さらに翌年にはしんじょう君が「ゆるキャラグランプリ」で1位を獲得したことが追い風となり、寄付額は約10億円まで拡大した。一念発起して独立も
引き続き須崎市を支援年々増加する寄付は、さまざまな形で須崎市に還元された。
その代表例が、保育料の無償化や中学校給食の実施といった地域サービスの向上だ。
また、海上アクティビティー施設の開業など、観光・交流人口を増やし、市外に暮らす寄付者にも恩恵がある施策が展開された。返礼品目当てで寄付して終わりという関係ではなく、寄付をきっかけに須崎の魅力を知ってファンになってもらいたい。
守時氏はこのことを念頭に置き、寄付の使い道においても「顧客視点」を意識した。3年目の2017年度には11億円を突破し、須崎市でふるさと納税に関わるスタッフも8人体制まで拡大。
その後も安定的に寄付額を維持していた。確固たるノウハウを手に入れた守時氏は、2020年に心機一転して退職。
自治体をターゲットに据え、ふるさと納税の運営を代行する地域商社「パンクチュアル」を立ち上げた。
そして、須崎市とは“取引先”として今まで通りの関係を維持しつつ、他の自治体にも手を広げ始めた。守時氏が独立する前に、事業をサポートしていた須崎市のスタッフは、ほとんどが臨時職員で任期満了が迫っていた。
さらに、守時氏は入職から8年間、“特例中の特例”で一度も異動していなかったものの、公務員は本来、ジョブローテーションが当たり前の職種である。そのため、いつかは自身も担当を外れる懸念もあった。
このままではせっかく築き上げた共有財産ともいうべきノウハウを継承できない可能性がある――。
悩んだ結果、チームとノウハウを守り続ける手段として独立を選択した。
市も決断を後押ししてくれたという。組織が民間となり、優秀な人材をスピード感をもって獲得できるようになった。
公務員ではなく一般企業の出身で、新しい発想力を持つ中途人材も集まった。
彼・彼女らの力を借りてさらに事業者への声掛けを広げ、独立後初年度の2020年度には、須崎市への寄付額は16億円に達した(コロナ対策補助金を除く)。
翌2021年度は19億円を達成し、22年度はさらに増えて26億円程度となった。「営業力」と「マーケティング力」こそ
寄付を集めるカギ現在、守時氏が手掛けるパンクチュアルは3年目に入り、スタッフは40人を超える。
ふるさと納税事業では確かな実績を収め、22年に委託を受けた7自治体で集めた寄付額は約80億円に上る。独立後は、須崎市以外の委託元(各自治体)にも数人体制の営業所を構え、積極的な現地採用で雇用を生む『完全地域密着』での事業展開に注力している。
「やることは、返礼品を集めて、コンテンツを作って、寄付を募るだけ。
至ってシンプルです。
ただ、事業者の理解を得て返礼品を集めるには根気がいる。地域に入り込んで対話を重ねない限り商品の背景は見えてこないし、マーケティングもできっこないんです」
ただし、守時氏が“中の人”のプロとして寄付金を集める独自戦略を編み出した一方、ふるさと納税の寄付金が集まらずに苦戦している自治体も依然として存在する。
そうした自治体が苦境を脱却するために必要な考え方について、守時氏は次のように語る。
「もし寄付が伸びていないのであれば、返礼品に魅力がないとあきらめる前に、事業者とのコミュニケーションが十分に取れているか、返礼品の打ち出し方は納税者に魅力が伝わるものになっているかを確認するといいのではないでしょうか」
日本全国の自治体が、熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げるふるさと納税の世界。
「稼げる自治体」への第一歩は、寄付金の獲得に「営業」や「マーケティング」の視点を取り入れることなのは間違いなさそうだ。
情報源: 田舎町のふるさと納税額を「200万円から26億円」に!敏腕“中の人”の奮闘記 | DOL特別レポート | ダイヤモンド・オンライン