2023年04月14日13時00分
LGBT(性的少数者)理解増進法案の扱いが今国会の焦点の一つだ。
成立すれば「『心は女だ』と言うだけで男性も女湯に入れるようになる」といった根拠不明の発言がネット上で飛び交うが、立石結夏弁護士は「明確な誤りだ」と否定する。
LGBT関連の法制度に詳しい立石氏に現状や課題、性別変更の手続きなどを聞いた。(時事通信政治部 梅崎勇介)【目次】
◇社会のルール変わらず
◇慎重に診断、治療にリスクも
◇変更要件は「残虐」「差別的」
◇政治に多様性が必要社会のルール変わらず
―法案成立で「男性も女湯に入れる」という投稿がSNS上にある。
明確な誤りだ。
(出生時の性は男性、心の性は女性である)トランスジェンダー女性への偏見を拡散し、悪質であおる論調を感じる。
(心と体の性が一致する)シスジェンダーの女性に対しても、いたずらに不安がらせるものだ。法案は、既に判例などで認められている権利を明確にし、国民に周知させて行き渡るようにするのが目的だ。
既存の社会のルールががらっと変わることは考えられない。―公衆浴場に関する現行のルールは。
厚生労働省が公衆浴場法に基づき作成した「公衆浴場における衛生等管理要領等」には「男女を区別」しなければならないと記載されている。
心の性別でなく、身体の特徴による性別で分けている。―男性の外性器があるトランスジェンダー女性が女湯に入るのはルール違反か。
「全裸になったときの身体の特徴が男性の人」は法案成立後も女湯に入れない。
トランスジェンダー女性にとって怖いのは「どっち?」と思われるまなざしだ。
あえてそう思われるような状況(女湯)には行かない。―トランスジェンダーには手術を受けている人も、そうでない人もいる。
胸部の手術はしているが下半身はそのままの状態という方も多い。
性別適合手術は生殖器を取るものなので健康上のリスクが極めて高い。
他の疾患があると手術できないこともある。
費用も高額だ。
2018年から保険適用になったが、ホルモン治療をしていると(混合診療となることが多いため)保険が使えない。―公衆浴場側はどう対応すべきか。
公衆浴場は法律上、「銭湯のような公衆浴場」と「宿泊施設の中にある公衆浴場」に分かれている。
身体的特徴からみて男女どちらの浴場にも入れないという場合、銭湯では水着を着てもらうとか、専用の時間を設けて入ってもらうとか、いろいろな方法が可能だ。ただ、公衆浴場を使わないと衛生を保てないという人は、今の日本でまれだ。
入湯を断っても違法ではない。慎重に診断、治療にリスクも
―性別変更の手続きは。
医師2人による性同一性障害の診断が必要だ。
だが、診断は簡単に下りるものではない。
真摯(しんし)に性同一性に悩んでいる患者のうち、下りるのは2人に1人ぐらいだと聞く。その次に精神的、身体的な治療に入る。
それまでとは違う社会的な性別に移行したとき、周りの反応を気にし過ぎたり、周りが良くない反応をしたりすると、うつなどの精神症状が出ることがある。
そのサポートをして、自認する性別で少しずつ生活する「リアル・ライフ・エクスペリエンス」を積む。
まず職場や学校でということはなく、プライベートな場所などで、自認する性別の服装や髪形にして出掛けてみて環境づくりをし、その時間を長くしていく。最終的には学校や職場でカムアウト(告白)する。
あまりに理解がない職場だったり、家族が受け入れられなかったりという場合には、全てカムアウトするのはやめよう、という場合もある。次に身体的な治療に移る。
大抵は、いきなり性別適合手術ではなく、ホルモン療法や乳房切除手術などの外科手術を行っている。
自認する性が男性ならば男性ホルモンを、自認する性が女性であれば女性ホルモンを打つ。
特にトランスジェンダー女性が打つ女性ホルモンは不可逆的だと言われており、一度継続的に治療するともう元に戻らない。
男性の外性器が機能することはなくなる。
ここは強調したい点だ。
ホルモン治療を継続しているトランスジェンダー女性は男性の外性器を使った性暴力はできない。ホルモン療法に加え、本人の希望により、トランスジェンダー男性であれば胸を切除する手術などをする。
トランスジェンダー女性であれば豊胸手術やヒゲの永久脱毛をしたりする。最後に性別適合手術がある。
リスクが高く、医師も慎重に判断する。
手術内容の選択も人それぞれであり、トランスジェンダー女性であれば外性器だけ取り、精巣はそのままにするという方もいる。
だが、それだと戸籍上の性別変更はできない。この手術で一応治療は終了だが、ホルモン療法は一生続く。
体の負担や金銭面から止める方もいる。変更要件は「残虐」「差別的」
―戸籍上の性別変更には、
(1)生殖機能を失わせる手術を行う
(2)子どもがいない
(3)結婚していない―ことなどが要件となる。(変更後に)「子どもができたら社会が混乱する」という趣旨で手術要件があるが、14年に世界保健機関(WHO)などの国際機関が「残虐だ」として廃止を求める声明を発表した。
17年には欧州人権裁判所が人権侵害に当たるとした判例を出した。実際、子どもを持っているトランスジェンダー女性は結構いる。
性自認が女性だが、学歴や職歴、収入を考えて男性として生き、悩みを抱えつつも結婚して子どもを持つ人がいる。
既にそういう人が社会にいるのに、社会を混乱させるとか子どもの福祉に良くないと言うのは、実態を見ていない。
そういった発言こそが子どもの福祉に反する。
この要件に憤りを感じる。「非婚要件」は「事実上の同性婚」を阻止するという趣旨だ(筆者注=男性が結婚後に戸籍上の性別を女性に変更すると、妻である女性との「同性婚」状態になる)。
自分らしく生きるためにパートナーと別離を選ばなければいけないというのは、差別的な要件だ。―要件が緩和されれば「自認する性」の証明がしやすくなる。
要件緩和への誤解がある。
手術や診断なしに自己申告のみで性別変更ができる国でも、私が「男性だ」と言えば、すぐに男性になれるわけではない。
例えば数カ月間、自認する性別で社会の生活を送っているとか、家族や友人、職場でも自認する性別が知られているなど、いろいろな要件がある。手術要件は多くの国で撤廃する方向で、日本もそうあるべきだ。
手術をしなくても戸籍上の性別が変更できるようになれば、トランスジェンダー女性であれば、女性として運転免許証やマイナンバーカードを作ることができる。
本来の性別、つまり自認する性別のIDカードを持つことができる。―前首相秘書官によるLGBTや同性カップルへの差別的発言をどう受け止めたか。
日本の政治を男性的で同質的な人たちが進めてきたことを示すものだ。
「隣に住んでいたら嫌だ」「国を捨てる人も出てくる」などと報道陣の前でポンと言えてしまうのは、目の前の人が実は当事者かもしれない、ということを全く考えなくてもいいほど同質性の高いところで生活し、仕事してきたことの表れだ。―5月19日開幕の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)までに法案成立を目指す動きがあるが、自民党は後ろ向きだ。
理解増進法では不十分だと思う。
差別禁止法も今ある権利を明確にするものにすぎない。
弁護士としては、これらの法律ができてもすぐに訴訟を起こして勝てるとは全く思えない。このような抽象的な法案にもかかわらず、差別禁止をちゅうちょしたり、理解したりするのも嫌だというのは、世界に対し日本の後進性を発信し続けることになる。
―政治に何を望むか。
まずは、とにかく女性政治家を増やした方がいい。
男性が女性のことを分からないのは当たり前。
逆もしかりだ。
だから多様性を確保すべきだ。
あらゆる人のことを知らなくても仕方がない。
私も自分と異なる立場の人に対し、うっかり差別的なことを言ってしまうことが恐らくあると思う。完璧でなくてもよいから、間違ったときには「配慮が足りなかった」と認め、心の底から反省し、みんなで次につなげればいい。そのためには絶対に多様性が必要だ。
◇ ◇ ◇
立石結夏(たていし・ゆか)
2009年に琉球大院法務研究科を修了し、11年弁護士登録。
NPO法人東京レインボープライド監事や、第一東京弁護士会司法研究委員会LGBT部会長などを務める。
戸籍上の性別を変更した人と配偶者の子の嫡出関係に関する弁護団に加わったことをきっかけに、LGBT関連の法律問題に関わる。
性同一性障害者である経済産業省職員の職場での処遇を巡る事件の弁護団にも所属する。
(2023年4月13日掲載)