2022年11月9日 5:00
味の素の「マッケンチーズ」日経クロストレンド
Amazonや楽天市場など電子商取引(EC)での販売を強化している味の素は、2020年からEC専用商品としてスティックタイプのスープや、コムタンクッパなどのレトルト食品シリーズを発売してきた。
そんなEC専用商品の第3弾として企画されたのが、21年11月に発売された「マッケンチーズ」だ。マッケンチーズとは、米国で親しまれている家庭料理「マカロニ&チーズ」の愛称で、とろりと濃厚なチーズソースがマカロニに絡んだグラタンの一種。
映画『ホームアローン』で、ケビン役のマコーレ・カルキンが食べていた、あれだ。
21年2月には、モスバーガーで「マッケンチーズ&コロッケ」が期間限定発売され、話題を呼んだ。味の素が主戦場とする小売店では、マス広告によるイメージ形成や店頭販促(POP)などでついで買いを期待できるが、ECは基本的にユーザーがほしい商品を自分で検索し、販売サイトにたどり着いてもらう必要がある。
マッケンチーズの開発を担った味の素生活者解析・事業創造部ECグループマネージャーの谷田泉氏は、「万人受けするメニューよりも、一部の人が熱中してそこから話題が広がる『やみつきメニュー』がECには適していると考えた。
そうしてたどり着いたのが、マッケンチーズ」と話す。コンセプトをとがらせて想定ユーザーを絞ったEC専用商品だから、当然、開発コストはできるだけ抑えたい。
そこで浮上したのが、プラグ(東京・千代田)の「パッケージデザイン AI」だ。
味の素はEC専用第2弾のコムタンクッパなどの開発時から同サービスを活用している。パッケージデザインAIは、食品や飲料、日用品など1万200商品について、1020万人に上る消費者調査をした結果を人工知能(AI)の学習データに使い、東京大学とプラグが共同研究したもの。
作成したデザイン案をウェブサイトにアップすると、そのデザインに対する消費者の好意度と、好意度のばらつき、「かわいい」「色味が良い」「おいしそう」といった19個のイメージワードなど、わずか数十秒でAIによる評価が示される。
費用は1画像に付き1万5000円(アドホックプランの場合)だ。「従来はパッケージデザインの評価にリアルな場で100人規模の調査を行っていた。
謝礼も必要で、デザイン開発全体では数百万円のコストがかかる。
それを大幅に削減し、かつかなりの時間短縮につながった」(谷田氏)併せて、これまでは広告部経由でデザイン会社に依頼していたフローを見直し、谷田氏が直接新規のデザイン会社とやり取りをすることとした。
その際、デザインに関しては「素人」の谷田氏を助けたのが、パッケージデザインAIによる評価だ。
「デザインの修正や最終決定において、数値をよりどころにして判断できることは強みになった」(谷田氏)という。では、どのような過程を経てマッケンチーズの最終パッケージデザインが決まったのか。
詳しく見ていこう。AI評価とEC担当評価でデザイン案を絞り込み
まず、AIの評価にかけるパッケージデザイン案をデザイン会社に発注するのだが、ここではマッケンチーズが日本人になじみのないメニューであることを踏まえ、味の素が求めるデザインの方向性を示した。
例えば、EC専用商品なのでスマートフォンで見ても即座にイメージが伝わるよう、シズル写真を大きくする、商品名をしっかり見せるといったことだ。
参考までに先行したモスバーガーの例も示した。そうして出てきたのが、以下A~Iの9案だ。
シズル写真をメインに商品名も際立たせたものから、F案のように湯を注いでぐるぐる混ぜて食べる体験をビジュアル化したもの、米国の国民食的なイメージに振り切ったアメコミ風のI案まで、どれも工夫を凝らしている。
初期のマッケンチーズのデザイン案ここから従来通り人間の感覚で選ぶなら、好みは様々なので意見はまとまりにくいはずだ。
その点、パッケージデザインAIの評価が道しるべとなる。注目したのは、AIが予測する好意度と、好意度のばらつき、イメージワードのうち「おいしそう」「高級感・上質感」の評価だ。
併せて、社内のEC担当者に「ECで売れそうなデザイン」を選んでもらうアンケートを行い、D案とB案の2つが「予選」を勝ち上がった。僅差ながら好意度でトップだったD案は、「おいしそう」で5位、「高級感・上質感」で1位という結果。
また、好意度や「おいしそう」で4位だったB案も、社内のEC担当者から抜群の評価を受けたため、残した。
AI評価の好意度で1位だったD案
EC担当者の評価が最も高かったB案この2つをブラッシュアップする方向性はこうだ。
まず、D案のシズル写真は「おいしそう」評価でトップだったA案のものに変更。
スプーンですくったマッケンチーズによりフォーカスした写真だ。
また、英字だった商品名の視認性を上げるためカタカナにし、どことなくアラビアンなイメージがあった商品名が入る青地の看板の形を変えてもらうことにした。
一方、B案は緑だった背景を青に変え、赤帯や金帯を増やす指示をした。これらの指示は、以前コムタンクッパなどでパッケージデザインAIを活用したときの経験を生かしたものだ。
当時も様々なデザイン案を試す中で、AIによる「おいしそう」の評価がシズル写真のイメージに引っ張られる傾向にあることをつかんだという。
「真上から見下ろしたものではなく、スプーンで持ち上げる構図など奥行き感があると評価が高まるようだ」(谷田氏)。
D案の修正でシズル写真を変えたのは、そのためだ。また、「『高級感・上質感』は金色、好意度は目に付きやすい赤色の使い方で評価が上がる傾向にある」(谷田氏)。
こちらもB案の修正に生かした。
これはAI評価の「クセ」を見抜いて、人間がそれに合ったデザインを試行錯誤するプロセスといえ、まさにAIとの「対話」が生まれている。そうしてデザイナーにフィードバックを行い、再度出てきたのが、青地の看板の形状が異なるD案2つ、B案1つの修正デザイン(下の画像)だ。
修正版のD案。左は商品名が入る青地の看板をどんぶり型に変更してある
修正版のB案。背景を緑から青に変更し、金帯などを追加してある元の2つの案と再びパッケージデザインAIの評価を行ったところ、D案の2つは初回デザインより「高級感・上質感」のスコアが少し下がったものの、課題だった「おいしそう」評価は見事に改善。
B案は好意度で他と有意な差がほぼないレベルになり、「おいしそう」評価も十分なレベル、好意度のばらつきは最も少ない水準(好き嫌いが最も少ない=より多くの人に好意を持たれやすい)となった。AIの「低評価デザイン」を広告に生かしたワケ
この結果を受け、谷田氏が最終的に選んだのはB案の修正版だ。
パッケージデザインAIのスコアだけを見ればD案が有力だったが、「(商品名を入れた)青地の看板をどんぶり型に変更したバージョンもつくったが、アラビアンな雰囲気は払拭し切れていないと判断した。
AIもその感覚を考慮することは難しいとのことで、最後は好意度のばらつきの結果を重視しつつ、B案に決めた」(谷田氏)。
マッケンチーズの最終デザイン。
確定版では、金帯をパッケージの上下にあしらうなど、最終調整を施したこうしてマッケンチーズの最終デザインが決まり、21年11月に発売すると、当初5カ月間の販売数は計画比1.5倍の実績をたたき出し、「現在も好調を維持しており、年間でも当初の見込みを確実に上回るペース」(谷田氏)。
その要因をパッケージデザインだけに見ることはできないが、「スマホで見ても視認性が高く、ECサイト内やバナー広告でぱっと見てクリックしたくなるデザインには仕上がった。
影響は少なくない」と谷田氏は話す。
初期のアメコミ風のパッケージデザイン案を生かして広告画像を制作したまた、面白いのが、当初のデザイン9案のうち、AIの評価が低かったアメコミ風のパッケージをInstagram広告のクリエーティブに生かした点(上の画像)だ。
アメコミ風のデザインは、初回のAI評価で好意度のばらつきが突出して高かった。
これは相対的に万人受けしにくいことを意味するが、「別の見方をすれば一部の人に割と深く刺さるかもしれない。
もともとニッチから広げることを狙った商品なので、捨てがたかった」と谷田氏は話す。アメコミ風のクリエーティブは、マッケンチーズ=米国の国民食という想起を生むにも、ストレートな表現で最適だろう。
Instagram広告の他、アメコミのテイストを一部取り入れたYouTube動画も公開しており、こちらも販売の後押しとなった。(日経クロストレンド 勝俣哲生、写真提供 味の素)